消えたフェルメールを探して 目次
盗まれた絵画を追って
見どころ
発端 絵画強奪事件
フェルメールの幻の名画
イザベラ・ステュアートと美術館
美術品探偵ハロルド・スミス
FBIが調べた関係者
ボストン・ヘラルドの事件記者
メディアの活用
ある美術史家の推理
「警備員の犯行」説
ヤングワースの申し出
ある絵画泥棒の提案
アイリッシュ・コネクション

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ある絵画泥棒の提案

  このほか、ハロルドが名前を知っているある絵画泥棒からハロルドのフリーダイアルに、盗まれた絵画返還の申し入れがあった。その男は、2つの刑務所で合計5年間の刑期を終えて最近現役に復帰した、その道のプロだった。
  その男は、提案の背景を説明した。
  ある蒐集家からISGMからフェルメールを含む絵画の強奪計画を持ちかけられた。高額の報酬と引き換えに。ところが、絵画を盗み出したあと、約束の報酬は支払われなかったので、盗んだ絵画を渡さなかった。そこで、大金と引き換えに絵画を返還したいというのだ。
  ついてはこの交渉のために、2002年12月25日のある時間にニューヨークのメトロポリタン美術館のエントランス階段に現れてシグナルを送るから、近辺で待っていてくれ、と申し入れてきたのというわけだ。
  ハロルドは、この提案の真実味については疑いを持っていたが、わずかな可能性に賭けて、美術館前の道路に車を停めて待つことにした。
  だがその日、約束の時間帯を過ぎても、男は現れなかった。

アイリッシュ・コネクション

   ボストンのある犯罪ジャーナリストは、アイリッシュ系犯罪組織との関連を指摘した。
  ボストンを含むニューイングランド地方では、あらゆる主要な犯罪にアイリッシュ系マフィアが絡んでいると言われている。この事件のように大きな犯罪、つまり、きわめて高価な絵画が盗まれたがゆえに、その裏に巨額の金が絡んでいるような事件に、彼らが何も絡んでいないという方がおかしいというのだ。
  しかも、3月17日、すなわち聖パトリック記念日の真夜中に起きた事件だ。だから、アイアランド系組織が、犯罪全体に絡んでいるか、少なくとも絵画強盗の利益の分配にはからんでいる、と。
  その犯罪ネットワーク組織のボスは、ジェイムズ・「ホワイティ」・バルジャーで、IRAとも強いコネクションがあるという。

  おりしも、ハロルドの情報網に大西洋の反対側、ブリテンからも情報提供があった。通称「ターボチャージャー」と呼ばれる、もと盗難美術品故買業者だった男からの提案だった。
  闇ブロウカーからの提案は信用ならない。だが、ターボの提案には、もとはスコットランドヤードの美術・骨董品犯罪の主任だったディック・エリスがかかわっていた。
  これまでハロルドがブリテンでおこなってきた技術品関係の事件の調査では、エリスと何度も協力関係を築いて成果をあげてきた。
  そこで、ターボチャージャーことポール・ヘンドリーからの情報を検討することにした。ハロルドは聴取と調査のため航空機でロンドンに飛んだ。

  エリスやターボの見込みでは、ISCMの絵画強奪事件にはIRAが絡んでいる可能性が濃厚だという。というのも、ブリテンではこれまで、IRAが資金稼ぎのためにフェルメールの絵画を盗み出したことが3回もあるのだという。
  ダブリンの私設バイト美術館からは「手紙を書く女と侍女」が――IRAがらみで――2度も盗み出されている。IRAが、この人質を解放するときに手に入れた金額は1000万ポンド(十数億円)。さらにロンドンのアイヴィー・コレクションからもIRA関係者が「ギターを弾く少女」を1度盗み出している。
  ことにダブリンのバイト美術館は、貴族の私邸(領主館)をそのまま美術館に改装して、大した警備も敷いていなかった点で、ISGMと共通する。ただし、今度の事件にはIRAは直接関与してないだろう、というのがエリスの推理だった。だが、IRAの組織をつうじて、強奪犯(または関係者)に絵画を返却するようにというメッセイジを伝える計画だという。

  IRAとつながるホワイティ・バルジャーらの組織が、この犯罪に関与しているという推理の背景には、こんな事情もある。
  ボストンの政治や経済、文化などの社会全般で一番強い影響力を持っているのが、アイリッシュ系なのだ。警察や司法、行政などの分野では上層部の多数派はアイリッシュ系であって、1988年にはFBIのボストン支局があのバルジャーをインフォマントとして利用し、FBIといRAは癒着していたことが発覚した。この構造は今でも変わらないという。
  だとすれば、美術館からの会が強奪事件の捜査をめぐっても、背後のバルジャーがいるとするなら、FBIは警察・検察当局――少なくとも担当者――は捜査に手心を加えるだろうし、それを読んでIRA系の犯罪者グループが絵画強奪をおこなったはずだ、というのだ。

  ところで、ディック・エリスはその後、自分の身の安全と絵画奪回をめぐる交渉の進捗のために、ドキュメンタリーの取材に応じなくなったという。そして、ハロルドの直感として、いまの線での交渉は長引くだろうが、最終的に絵画の返還につながる道ではないかと見込んでいるという。

  ところが2005年2月、ハロルド・スミスは死去した。そして、事件と絵画の行方もまだ謎のままである。

■付記■
  この映像番組の制作監督レベッカ・ドゥレイファスによると、彼女がこの絵画盗難事件を追跡するドキュメンタリーを取材・撮影し始めてからまもなく、取材の相手としてハロルド・スミスと出会ったのだという。この手の事件の専門家としてハロルドはインタヴュウを受けたのだ。
  やがて、彼はレベッカからの依頼で事件の捜査・調査を引き受けることになった。ドキュメンタリーの解説者ともなった。
  ドキュメンタリーの「狂言回し」として、これほどユニークで優秀な、しかも事件を熟知し熱心な人物はいないということで、調査依頼を受けそしてドキュメンタリーへの出演を契約したのだという。

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