ロイ・ミラーが率いるMETは司令部の命令に従って、アル・マンスールという町のある交差点付近の道路を掘り返して探索した。この付近の道路の下に化学兵器が埋蔵されているという情報にもとづいてのWMDの捜索だった。
だが、道路の地下からは何も出てこない。またもや虚偽の情報だった。
■イラク軍幹部の秘密会合■
その頃、近くの住宅街のある家に、目つきの鋭い護衛を引き連れたイラク軍の幹部たちが集合していた。この緊迫した気配を察し車を止めて、その住宅付近の道路で様子をうかがっている男がいた。
ファリド・ラーマンという中年のイラク人インテリだった。イラク軍の幹部たちの秘密会合が催されているらしいことを察したファリドは、アル・マンスール交差点にいるMETにこの情報を伝えることにした。
彼はイラク軍幹部に対して強い反感を抱いているようだ。
だが、METに近づこうとした途端に、危険な人物として兵士たちに取り押さえられてしまった。アメリカ軍から見れば、自分たちに近づこうとするイラク人は危険分子として映るらしい。
騒ぎを聞きつけたミラーは、拘束されようとしているイラク人に近づき、事情を尋ねた。
ファリドは英語を使いこなせるので、ミラーにアメリカ軍に協力しようとしている自分に暴力を加えて拘束した兵士たちの行為を強く非難した。
ミラーは部下に男の解放を命じて、話を聞こうとした。
「重要な情報を提供しようとしているのに、どうしてこんなひどい仕打ちをするのか」という憤りを交えた抗議のあとに、ファリドは自己紹介しイラク軍幹部がひそかに集合しているという事態をミラーに告げた。
「あのなかにはアラウィ直属の司令官がいた。だから、アラウィ将軍がいるはずだ。軍の最高幹部が秘密の会合をして、何かを企図しているらしい」
ロイ・ミラーは、軍の高官たちを捕捉すれば大量破壊兵器WMDに関する正しい情報を得られるだろうと考えて、ファリドの通報にもとづいてイラク軍幹部を逮捕することにした。
しかし部下の軍曹は、WMDの直接的な捜索活動ではないということを理由に、イラク軍幹部の捕獲作戦をおこなおうとするミラーに反対した。司令部からの情報を疑っての行動だから、上層部から厳しい評価を受けそうだからだ。
そこで、ミラーは、探索を続行するティームとイラク軍幹部捕捉に向かうティームの2つに部隊を分けて、前者の指揮を軍曹に委ねた。彼自身は、ファリドを案内として住宅街に向かった。
さて、その住宅では、アラウィを囲んで幹部たちが、今後のイラク軍の動き方について協議していた。議論は紛糾していた。で、結局、アラウィが論争を抑えて、今後の方針を提示した。
当時、アメリカ軍&連合軍に攻撃を仕かけたのは、フセインやバース党直属の部隊で、彼らはたちまち粉砕されてしまった。ところが、軍の大半は――彼らを指揮統帥する中央政権が消滅してしまったため――いわばほとんど無傷で事態を見守っていた。
「アメリカ軍は、さらに深まる混乱に直面して思い知るだろう。秩序と治安の回復をはかるためには、われわれ軍を使うしかないことを」
質問が出された。
「それでも、アメリカ軍がイラク軍の役割を否定したら、どうするのですか」
「そうなれば、われわれが彼らに反乱を起こして思い知らせることになるだろう。彼らだけではイラクを統治できないことを」
その後のイラクでのアメリカ軍の動きを見ると、アラウィは完全にアメリカの政策についてひどい勘違いをしていたことになる。しかし、将軍には、アメリカ軍がイラク軍を利用する可能性があると考えるだけの理由があるらしい。つまりは、当時、アメリカ政府ないし軍高官との「裏の」連絡ルートが存在していたらしい。アメリカ軍幹部のうち、フセイン政権解体後にイラクの秩序を再建するためにイラク軍を利用しようと考えていた派閥と連絡関係を持っていたらしい。