映画『天使にラブソングを』(1992年)の原題は Sister Act 。邦訳すると「尼さん物語」「尼僧劇」とでもなろうか。
ところで、邦題の「ラブソング」とは「男女のあいだの愛の歌」という意味ではなかろうと思う。「神への愛」を意味しているのだろう。そして、日本の映画ファンへの訴求力を高めるためのマーケティング戦術によるものだろう。
さて、この物語は「聖なるもの」と「俗なるもの」という2つの対極の存在を遭遇させ、対話させるプロットになっている。聖なるものとは、多くの戒律を守る修道女たちの世界で、俗なるものとは、アメリカ合衆国ネヴァダ州南部リノ市の――カジノを含む――歓楽街の舞台で歌うショウガールの生活だ。
賭博で巨額の利潤を稼ぎ出し、マフィアが牛耳る世界とも混じり合っている都市リノは、敬虔な修道女たちから見ると「現代のソドム」にほかならない。
ソドムとは、『旧約聖書』のなかで描かれた、ゴモラと並ぶ悪徳・背徳に満ちた都市で、神の怒りによって滅ぼされる。いずれも、欲望に駆られた人びとが退廃に満ちた生活を送る都市で、酒池肉林や姦淫が横行し、獣姦も公然と繰り広げられていたという。
主人公デロリス・ウィリアムは卓越した歌唱能力を備えたショウガ―ルで、舞台での上演に活躍し、作曲や編曲も手がけながら、一方でマフィアのボスの愛人となって贅沢な暮しを楽しんでいた。
■聖人とビートルズ■
利発で音楽的才能に恵まれたデロリスは、少女時代にカトリック系の女子学校で学んでいたが、教師の修道女たちにしょっちゅう逆らって叱られていた。たとえば、教室でカトリック・ローマ教会の有名な聖人の名前を覚える際には、
「さあ、デロリス、4大聖人の名前をあげてごらんなさい」と修道女先生から問われ、
「ジョン(ヨハネス)、ポール(パウルス)、ジョージ(ゲオルギウス)、・・・リンゴ!」と、彼女が大ファンであるビートゥルズのメンバー ――ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター―― の名前に置き換えてしまった。敬虔な修道女からすれば「罰あたり」この上ない行為だ。こんなことが何度も繰り返された。
当然のことながらに修道女は怒り心頭に発し、「あなたはいずれ神の怒りに触れて天罰を受けますよ!」と将来を予言したのだった。
それ以来、デロリスは、現代文明の俗世界で物的な欲求に忠実にカジノ街の音楽ショウビズネスでの成功を追い求め、信仰とか敬虔さとかとはかけ離れた生活を送ってきたのだ。
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