第3章 都市と国家のはざまで
――ネーデルラントの都市と国家形成――
第3節 ネーデルラントの商業資本と国家
この節の目次
1609年、アムステルダム為替銀行 Amsterdamsche Wisselbank / de Wisselbank van Amsterdam が設立された。それは、世界貿易を営むアムステルダムの有力商人たちの預金と為替(送金・決済)業務を取り扱う中心機関になった。アムステルダムでは世界中から運ばれた商品が集積・交換され、それにともなう貸付けや決済のために膨大な貨幣や信用状が流通していた。ゆえに、ヨーロッパの決済ネットワーク・金融市場での中心になった。それゆえ、貨幣資本の循環や配分や組織化を専門に取り仕切る機関=商人団体が出現したのだ。
銀行本拠はアムステルダム市庁舎内に置かれ、国家の通貨を――銀行通貨として――鋳造発行する最初の銀行となった。この銀行が、連邦や州の統治や市政と結びつきながら、特権商人団体が経営する権力装置であったことを明白に示す事態だ。これに続いて、デルフト、ミデルブルフ、ロッテルダムなどにも為替銀行が設立されたが、業務規模と内容でアムステルダムの為替銀行が段然群を抜いていたという。
為替銀行は、アムステルダムとヨーロッパの主要諸都市やネーデルラント人の海外進出先とを結ぶ貨幣資本の循環を円滑化し、取引にともなう多様な通貨のあいだの交換比率を決定することによって、世界各地への貨幣資本の配分・還流を方向づける機能を担うことになった。多かれ少なかれ目的意識的な統制や管理が必要になるほどに、巨額の貨幣資本がネーデルラントに流れ込み、流れ出ていったということだ。
18世紀はじめのネーデルラントの両替事務所の様子(版画)
ネーデルラントの世界貿易と製造業での利潤蓄積の大きさは、資本輸出(域外投資)を可能にした。高い利潤率は高い利子率を可能にした。貿易と海運での最優位は、海商保険料の収益と運賃収入も呼び込んだ。貨幣はヨーロッパ中を動き回り、利潤や利子を取り込んでは戻ってきた。だから、そこに資金を投げ入れれば、必ず利益を乗せて回収できた。ゆえに、有利な投資市場であり、戦乱が続発するヨーロッパで安全な資金逃避場所になった。当然、投機資金も集中した。
そうなると、今度は利率が下がっても、世界中から安全な投資先として資金が集積することになった。ネーデルラント政府の公債募集も、安い利率で容易にできた。こうして、大量の地金と通貨がアムステルダムに集積した。アムステルダムは貨幣資本の循環速度がどこよりも安全で速く、効果的な中心市場となった。
送金や多角的な決済を効果的におこなうための機構としても、為替銀行を中核とする金融システムは機能した。商人たちは、現金はそのまま預金にしておいて、口座帳簿上の振替操作によって多角的な為替手形の決済取引をおこなうことができた(為替手形制度の発展)。こうして、アムステルダムは18世紀半ば――すなわちイングランド銀行が十分に成長する時期――までは世界貿易の多角的決済の中心であり続けた。
為替銀行は1683年に信用業務も開始した。預金者への貸付け、手形受け信用(手形貸付け)をおこなうようになった。為替銀行は、商人たちに遠方での取引きをめぐる信用を与え、信用状や手形の流通によって現金取引きに代位させ、希望通貨での送金にともなうリスクとコストを低下させた。ヨーロッパ中の貿易商人がアムステルダム為替銀行の信用力を信認したのだ。これは、世界都市アムステルダムの貴金属保有での圧倒的優位、ネーデルラント商業資本ブロックが組織した世界貿易網と輸送システムの安定性にもとづくものではないだろうか。
VOCが本国およびヨーロッパと取り結んでいた商業手形交換および送金システムも、このような金融システムを媒介にしていた。そのほかの商業会社についても、遠隔地貿易のための信用供与、本国からの前貸し、そして利益の還流が誘導されるような金融環境ができあがっていた。そして、それはヨーロッパで最初の経験だった。いずれにしても、この新たな国際的な金融装置の出現は、世界市場での商品取引きや投資のコストとリスクを引き下げ、商業活動の地平を飛躍的に押し広げたのだ。
世界金融の地理的中心であることが、ほかの国家(王権)と比べて、政府の公債発行による財政資金調達の相対的な有利さ、つまり信用の高さ、利子率の低さ、金額の大きさ、償還期間の選択幅などを用意した。ほかの諸王権と同様に、ネーデルラント連邦政府も、諸州政府も財政歳入をはるかに超える軍事費に圧迫されていた。だが、世界金融におけるネーデルラント商業資本の最優位が、政府の財政資金の調達を容易にし、国家財政の豊かさがユトレヒト同盟の力の優位をもたらしたのだ。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成