ときは1977年、ニュウヨークの繁華街、ダイアモンド取引所でのことだった。
……とフィンチが語り始めるとすぐに殺し屋は口を差し挟み、「1970年代か……まあいいか、だが場所はそうだな、とある都市でということにしておこう」と状況設定を変更した。
ある大道魔術師が、クラウン―― clown :ピエロではない。王侯貴族に侍る道化役――の姿をしながら、ダイアモンド取引所の前でパフォーマンスをしていた。近くの路上にいた人びとは、風船を使ったマジック=イリュージョンに魅せられていった。
道化師が手放した風船は上昇していったが、やがて膨らむと途中で下降を始めた。風船は膨らみ続けて、道化師がふたたび風船を手に取るときには、風船の大きさは人1人が入れるほどの大きさになっていた。
路上の人びとは惹きつけられ、ついには取引所の警備員たちさえもが、こぞって、取引所建物の窓から路上のパフォーマンスに注目した。
すると、煙幕とともに道化師は消え去った。すると、地上の台座におさまった大きな風船のなかにあの道化師の姿が映し出された。
じつは台座には小さな映写機が仕かけてあって、風船のなかで道化師が動き回るような映像を投影していたのだ。
本物の道化師は、すでに掘ってあった地下穴をくぐり抜けて、ダイアモンド取引所の地下に潜入していた。そして、金庫を閉じようとしていた係員を無言で指図して開けさせ、大粒のダイアモンドを1箱――数十個入り――盗み出して、姿くらました。係員は手錠で金庫室の取っ手に拘束されていたが、もがきながら非常ベルのボタンを押すことに成功した。
緊急警報がビル中に鳴り響いた。
すっかり大道魔術に見入っていた警備員たちは我に返ると、銃を携行して強盗現場に殺到した。
だがそのときには、道化師は地下の穴を通ってもとの場所に戻り、煙幕とともに破裂した風船から出てきたような振りで、観客たちの前に姿を現した。みごとな幻影奇術に拍手喝采。
やがて夕方近く、魔術師は自転車にまたがって、愛娘を預けておいた修道院に向かった。約束の時間に遅れたことを修道女に責められならが、男は幼女を自転車に載せると、郊外に向かった。
郊外の原っぱに来ると、父娘は自転車を降りた。娘を連れた魔術師は野原のなかほどで座り込むと、小さな穴を掘り、宝石とともに妻――幼女の母親――の写真、そして魔術に使う鳩の羽を箱に詰めて埋めた。