さて、フィンチを拘束した批評家ジムは、マフィアの幹部にと連絡した。
「クレティス・タウトを捕えた。で、殺してほしければ、私の口座に40万ドルを振り込め。振り込みの連絡がとどきしだい、やつを殺す」と。
だが、高額の報酬支払を惜しんだファミリーの幹部たちは、あのドジな殺し屋2人組にタウト殺害を命じた。タウトが宿泊しているホテルの部屋は知っているからという理由で。
一方、警察の捜査陣はマフィア・ファミリーのボスの息子とその取り巻きを逮捕した。捜査陣の手は、いずれファミリーの幹部まで到達するはずだった。事態は急展開を見せ始めた。
ところが、そんな事情には無頓着な殺し屋2人組は、バットと銃を携えてホテルに乗り込んだ。
さて、報酬振り込みの報告がなかなか届かないので、批評家ジムは、吝嗇なマフィアの腹の内を読み取ろうとした。
クレティス・タウトなる若造の殺しそのものはあの粗暴な殺し屋2人組に任せて、批評家ジムについてはタウトと一緒に殺すか、お払い箱にするかどちらかだろうと。とすれば、まもなく、2人組が乗り込んで来てもよさそうな時間だ、と推測した。物語の展開のタイミングを測る立場になったのだ。
こうなると、ジムは映画監督を補佐するタイムスクリプターではないか。
タイムスクリプターとは、監督が指揮する物語の展開と撮影時間を秒単位まで計測して記録し、あとで編集監督が映像を編集するときの指標として提供するタイム(テイブル)マニジャーのことである。
そんなところに、ドアをたたく音。
ドアの覗きレンズから外を見たジムは、にんまりした。
「ほう、いよいよ話は面白くなってきたな。フィンチを助けて物語を面白くするためには、おあつらえ向きだ」とうそぶきながら、フィンチの戒めを解き、銃を渡し、「今ドアを開ける。右側の男が銃を持っている。そいつを撃て」と命じた。
ゴリラ2人がドアをぶち破って突入してきた。だが、暴力沙汰に慣れていないフィンチは身体が動かなかった。
「臆病者! 銃も撃てないのか」と嘆息して、ジムはたちまち2人を撃ち殺した。
成り行きが自分の思惑どおりに動き出したので、ジムはにんまりした。
「だんだん俺の望みどおりの展開になってきたな。
おい、トレヴァー、お前を解放する。で、これからどうする?
この町を離れるつもりなのか。だが、そうするにしても、心残りがあるんだろう? どうする?」
ジムがフィンチに尋ねたのは、テスのことだ。フィンチの話しぶりから察するに、心ならずもテスと別れてきたが、フィンチは彼女を愛しているようだ。ところが、テスは、今夜発のカナダ行きアムトラック急行に乗る予定だ。
「おい、このままテスを独りでカナダに行かしてしまうのか。駅に行って連れ戻せよ」とジムは促す。
しばらく迷ったのち、フィンチは駅に行こうと決心した。
「そうこなくっちゃ。
タクシーを飛ばせば、まだ間に合いそうだ。カナダ行きの急行は3番線だ。急げ」とジムは急かした。