フィンチははじめは、裁判で目撃者としての証言をしてマフィアのボスとファミリーを有罪判決に持ち込み、収監に追い込んだら、悠々と刑務所から出るつもりだったようだが、状況は一変した。
それいうのも、刑務所に入りたがったり、そこでガーデニングと伝書鳩の訓練をしてばかりいるフィンチの行動を警察が疑って、収監中のフィンチの身辺調査をし始めたからだ。
警察としては、刑務所のなかでタウトが金づるのマフィアの大物や連絡係と渡りをつけるのではないかと疑っていた。しかし、フィンチの行動を探り続けてもその様子もない。では何が狙いか、タウトとは何者なのか。そういう疑念がわいても不思議はない。
そこで、トリップ刑事はタウトなる男の顔写真をFBIに送付して、ほかの州での犯罪や事件にかかわっていないか問い合わせた。
すると、タウトなる人物は、じつは数か月前にほかの州で脱獄した2人の囚人のうちの1人だと判明した。本名はトレヴァー・フィンチで、文書偽造犯。もう1人は、マイコ―。最近、殺し屋に殺害された人物だ。
■警察との攻防■
トリップは取り調べのときにFBIからの報告を聞き、何気なくタウトなる人物に「トレヴァー・フィンチ」と呼びかけた。すると男は「はい」と答えてしまった。
脱獄囚となれば刑務所から出すわけにはいかない。
状況の転換を知ったフィンチは、刑務所から出るための駆け引きに打って出た。フィンチはさすがに知能犯、そんな危ない場合も予想して、テスに警察との取引の材料を準備させていた。あのヴィデオテイプをバスステイションのロッカーに入れさせておいたのだ。
フィンチはトリップ警部に取引を持ちかけた。
「じつは、バスステイションのロッカーに、事件の場面を撮影したヴィデオテイプが保管してあるんですよ」
トリップは、ただちに目の前にいる部下の刑事をバスステイションに行かせた。
だが、そのとき警部としては、どうせ苦し紛れのガセネタだろうと思って、大した期待をしていなかった。
ところが、テイプを署に持ち帰ってモニター画面で再生したその部下は、トリップ警部に内線電話を入れた。
「警部、大変な事態が収録されています。すぐ見にきてください」
刑事たちがヴィデオを見ると、雰囲気は一変した。
状況の変化を見て取ったフィンチは、切り出した。
「私はケチな偽造犯です。でも、悪辣な犯罪者ではない。根は善人に属しています。見逃してください。
考えてもみてください。もし私を脱獄した偽造犯としてFBIに引き渡したとします。
そうなると、これまで娼婦絞殺事件の証人だったクレティス・タウトと見なされていた私が、文書偽造犯で脱獄囚となってしまいます。
すると、私の証言やヴィデオテイプもまた偽造にかかる証拠となってしまいます。公判では証人としての信用性も証拠能力もすっかり否定されてしまいますよ。
マフィアたちを逮捕して有罪にしたいんでしょう。だったら、私を釈放して、ビデオテイプを証拠として法廷に出せるようにしたらいかがですか」
トリップ警部はしばらく考え込んだ。そしておもむろに内線の受話器を取り上げると、部下たちに命令した。
「証拠が固まった。逮捕状を請求しろ。連中を根こそぎ逮捕しに行くぞ」
そして、フィンチにこう言い残すと部屋を出ていった。
「いいか、俺はこの部屋を出るが、これからしばらくは忙しい」――だから、君のことにかまけている暇はない。どこかに身を隠しても構わないという含みだ。
見逃すということだ。
というわけで、フィンチはこっそり警察署を抜け出した。
警察署から出てタクシーに乗り込むフィンチの姿を、《批評家ジム》は署の向かいのダイナースから見つめていた。というわけで、ここでようやく話は、冒頭に戻ることになる。
ホテルの部屋にに戻ったフィンチがノックに反応してドアを開けると、ジムが銃を構えて待っていた。ジムはフィンチを椅子に座らせ、両腕を拘束すると、「さあ、ストリーを語れ」と切り出した。
ここで、冒頭の場面となる。