というわけで、ダイアモンドを手に入れるためには、刑務所に入らなければならない。しかも、刑務所のなかでは、野原があった場所を自由にうろつき周り掘り返す自由がなければならない。そして、ふたたび自由に出てこなければならない。ダイアモンドを手に入れるためには、難問が山積みだ。
一方、フィンチは、クレティス・タウトとして相変わらずマフィアと殺し屋たちに狙われている。逃げ回りながら、フィンチは疑問を抱いた。
なぜかくも執拗にクレティス・タウトは命を狙われるのか。
その理由として思いついたのが、フォトジャーナリストのタウトが自分宛ての郵便手荷物で送ったヴィデオテイプだった。フィンチは、タウトの部屋に置きっぱなしにしておいたテイプを再生してみた。
すると、若い男が娼婦とSMプレイをしているうちに歯止めが利かなくなり娼婦を考察してしまうシーンが写されていた。してみれば、タウトは、これを使ってマフィアを強請ったらしい。
知恵の回るフィンチは、そういう状況を利用して警察を相手に一芝居打って、刑務所に入り込みダイアモンドを探し出し、自由に出てくる方法を思いついた。そのために、テスに協力を頼んだ。
フィンチは警察に乗り込んだ。
フィンチはトリップ刑事らに、マフィアのボスの息子がSMプレイで娼婦を絞殺した現場を目撃したたために、マフィアが雇った殺し屋たちに命を狙われている。ついては、殺人事件の公訴と裁判で証人となるから、証人保護の手続きを取ってほしいと訴えた。
トリップたちの尋問に対して、フィンチは「私はゴシップ専門のフォトジャーナリストだが、殺人事件を目撃したのだが、警察に駆け込む前にマフィアを強請ろうとして命が危なくなった。殺し屋に狙われため、一緒にいた友人、マイコ―を殺されてしまった」と答えた。
そして、さらに
「普通の証人保護プログラムで遠い場所に匿われても、マフィアに隠れ家を突き止められる危険が大きい。そこで、一番安全なのは、刑務所のなかに潜むことだ。だから、刑務所に匿ってほしい。
ただし、犯罪者ではないので、近隣で一番関心が緩く服役囚の自由度が大きい刑務所に入りたい。そして、刑務所の片隅にある草原でガーデニングしたり伝書鳩の訓練をしたりする自由を認めてほしい」
という条件を提示した。
かねてから、娼婦の殺害についてマフィアのボスの息子を最有力の容疑者として捜査を進めていた警察は、フィンチの要求を受け入れた。
■伝書鳩■
この物語で、フィンチやマイコ―、テスという主要な人物たちの心情の変化や人生の転機を告げる兆候(仕かけ)となっているのが、伝書鳩の羽毛である。まるで、運命の転機を告げる天使の翅から落ちた羽毛のように、次の行動に逡巡する人物に向かって舞い降りてくる。
あるいは、皮肉な運命のめぐりあわせを皮肉るように、目の前に羽毛が現れる。
このように出来事の意味や背景を象徴するものを視覚的にあしらう図像学的方法 iconography は、中世ヨーロッパの宗教画以来の伝統的手法だ。
クラシック音楽では近代に入ってから、オペラや交響詩などで人物や出来事を象徴する音形・旋律をライトモティーフとする方法に発展した。
さて、その伝書鳩たちは、魔術師マイコ―が奇術やイリュージョンの道具として使うために飼っていた。マイコ―が刑務所に入ってからは、テスが世話をしていた。会えば口論になってしまうテスとフィンチのあいだを取り持つのも、鳩の羽毛だ。
刑務所でそれなりに厳しい監視や行動の制約を受けるフィンチが、「外」にいるテスと連絡・情報交換をし合うのも、伝書鳩を使うという方法になった。
ともあれ、刑務所に入り込んだフィンチは、埋設場所の目印となっている巨木の切り株の近くを「草花を植えて育てるため」「花畑をつくるため」という理由で掘り返し続けた。近くには散弾銃を持った監視刑務官が、椅子に座り眠たそうにしている。フィンチは囚人ではないので、見張るつもりはないようだ。
というわけで、フィンチは地面を何アールも耕した。
そうこうするうちに、フィンチは地中に埋もれた箱を見つけた。箱のなかには、鳩の羽毛と古びたモノクロ写真、そして何十粒ものダイアが入っていた。
フィンチは伝書鳩を使って、ダイア発見の知らせをテスに送り、足輪につけてダイアを運び出した。数週間もすると、ダイアはすべてテスの手許に届いた。