それから数年後、魔術師は逮捕された。この強盗事件の容疑によるものかどうかは不明だ。
それからさらに20年が経過した。
魔術師、マイコー・ダネリーはまだ服役していた。
彼は、フィンチというケチな文書偽造犯の若者と仲良くなっていた。いや、全幅の信頼を寄せる仲間としていた。フィンチはあと6か月で釈放になるはずだった。
マイコーは、そんなフィンチに脱獄を呼びかけた。あと半年待てば、晴れて娑婆に出られる若者に、重罪となる脱獄を促したのだ。刑務所にいれば命が危なくなってきたフィンチは、脱獄計画に乗ることにした。
それというのも、刑務所で知恵の回るフィンチは外部との物品の取引経路を開拓して小商いを繰り広げたため、ムショ内での商売を独占してきたボスに睨まれ、命を狙われる羽目に陥っていたからだ。
もちろん、脱獄に成功すれば450万ドル相当の価値を持つダイアを山分けするという条件にも惹かれていたのだが。
脱獄の手口にもマイコ―の魔術=イリュージョンが駆使された。
囚人たちは刑務所の外で懲役作業として公共事業――鉄道の敷設――をすることになっていたのだが、この作業のさいに、映像イリュージョンを使ってマイコ―が森に逃げたように見せかけ、そのすきにトラックを奪って、フィンチとともに脱出するというのが脱獄の手口だった。
脱獄したフィンチは、これからの生活のために偽の身分証明書類2人分を手に入れようと、昔の仲間に電話した。昔の仲間とは、検視官(法医学者)のサヴィアン博士。
刑務所に入る前にフィンチは、博士が検視した人物の情報や持ち物などを土台にして、偽の身分証明証を作成していたのだ。
ところで今回、サヴィアンが用意した偽の身元のうちの1人が、クレティス・タウトという不審死で検視した男だった。クレティスは、あの荒くれ2人組の殺し屋によって焼き殺されたのだ。
ところが、フォトジャーナリストだったクレティスは、有名人や有力者の闇の経歴やスキャンダル場面を撮影したり録音したりして弱みを握り、強請りのタネにしていた。先頃クレティスは、マフィアのボスの御曹司(跡継ぎ)がSMプレイのあげくに娼婦の1人を絞殺してしまった場面を録画し、強請りをかけていた。
そのため、マフィアのファミリーは血眼になってクレティスの命と隠されたフィルム(画像)の行方を追い求めていた。
サヴィアン博士がフィンチに渡した手荷物のなかには、クレティスの住居の鍵があった。というのも、パスポートは、クレティスの部屋にあるはずの本物を手に入れて使う算段だったからだ。だから、フィンチはクレティスの部屋を訪れてパスポートを探すことにした。マフィアから狙われている相手とも知らずに。
フィンチがその部屋を訪ねると、斜向かいの部屋に住む黒人のゲイ――すごい美貌でスタイル抜群――が誘いをかけてきた。しかも、隣部屋の詮索好きの老婆にも見られてしまった。その老婆はすぐに警察署に「クレティスさんが戻って来た」と電話した。
だが、電話に出た刑事――老婆に名刺(連絡先)を渡した男――は、マフィアに買収されていたため、ただちにファミリーに「クレティスがまだ生きていて、部屋に戻って来た」という情報が伝えられてしまった。殺したと思っていた証人が生きていた、ということで、マフィアは殺し屋たちのケツをぶったたいた。
荒くれの2人組は、ただちにクレティスの部屋の監視を始めた。そして、黒人のゲイの誘いから逃げたフィンチを尾行した。