その頃、ヤードの警察官たちは、空港内の中央監視室で、構内の監視カメラ映像を追いかけていた。暗殺犯を追いかけているウィンザー警視の行方を探し求めていた。すると、コンヴェイヤー室の床に警視が倒れている映像が確認された。
警官隊は急きょその場に駆けつけ救急車を手配したが、すでに警視はこと切れていた。父親を失って嘆き悲しむアネット・バラード警部。
監視カメラ映像は、ウィンザーがジャハール暗殺犯と思しき人物と対峙したのちに、心臓を撃ち抜かれている様子を映しているので、警視庁は、その男が射殺容疑者に違いないと断定した。事態は、ジェレミー・コリンズの狙いどおりに運び始めた。
ところで、エミリーはアパートメントの部屋で、ジェイムズが警察に捕縛されるか射殺されてしまったのではないかと気を揉んでいた。そこに、ひょっこりジェイムズが戻ってきた。
「あなたは、もう死んでしまったのかもしれないと本当に心配したのよ」
エミリーは、ジェイムズの無謀ともいえる行動をたしなめた。ジェイムズは、自分を心から心配してくれる少女がいることに驚きながらも、深い感動を覚えた。
■発覚した隠れ家■
さて、スコットランドヤードは、容疑者とされている黒人――氏名はつかんでいない――の容貌だけでなく、死んだテリー・ウィンチェルの身元を割り出した。ウィットニーという偽名でアパートメントを借りていることを突き止めた。そして、容疑者(ジェイムズ)がウィットニーの部屋に潜んでいる可能性が高い判断した。
ヤードは特殊武装警察隊を含めた多数の要員を動員してウィットニーのアパートメントの周囲・近隣を幾重にも包囲し、武装警官隊を部屋に突入させた。
ところがそのほんの少し前、エミリーが周囲の異変に気がついて、ジェイムズに警告した。そして、普段、彼女自身が姿をくらますときに使っている逃走経路にジェイムズを誘導した。
間一髪で、ジェイムズは捕縛を避けることができた。
警官隊が引き揚げたのち、エミリーはジェイムズを廃屋のような隠れ場所に案内した。そこは、この街で居場所を見失っているエミリー自身がときどき身を隠す場所で、彼女の大切な持ち物も置かれていた。
ジェイムズはそこで、エミリーの両親が自動車事故で死んだことを報じた新聞記事の切り抜きを見つけた。ところが、エミリーはジェイムズに、両親が救世軍の奉仕活動で海外を「転戦」しているのでいっしょに暮らしていないと告げていた。
してみれば、彼女は両親の死亡という事実を知っていながら、その事実を感情的には受け入れられずに、虚構の世界を築き上げて、そこに閉じこもっているのだ。
ジェイムズはさらに、彼女が学校にも長期にわたって通っていないことも知った。
そのとき、ラップトップ・コンピュータの画面がテレヴィニュウズを映し出した。ヤードが報道機関に公開した情報として、ウィンザー警視の殺害容疑者としてジェイムズの顔写真がアップになった。
「警官殺しはしていないよ」とジェイムズが語った。
「わかっているわ、それは。嘘はすぐに見抜けるわ」とエミリーは平然と返答した。
「そうだろうな、君なら」ジェイムズの言葉には、君は嘘をつくのが巧みで、それゆえ、他人の嘘をたやすく見抜くことができるだろうとという含意が込められていた。ジェイムズは続けて、
「君の両親が事故で死んだ記事を見たよ。辛すぎて、受け入れられないことは理解できる。だが、君は現実を受け入れて生きる道を探すべきだよ」
普段のエミリーならそういう言い方には強く反発して、心の殻を閉じ切ってしまっただろう。だが、ジェイムズが語りかけたのは、極限状態に追い詰められた人間が許した唯一の人間に発する言葉だった。そして、孤立した状況に追い込まれている者がこれまた孤立した者に送る言葉だった。同情や安易な慰めではなく、生き抜こうという強い意思を持つプロフェッショナルの言葉だった。
エミリーの頬は涙で濡れた。心のなかで強い決心が生まれようとしていた。