地球の人類は、国籍や人種、身分や階級などによって相手を差別し格差を設けたがる。とりわけ、南アフリカ共和国では、つい先頃まで「アパルトヘイト」がまかり通っていた。その「南アフリカ」と思しき社会を舞台として描かれた物語だ。
エイリアンが隔離されて暮らしている地区の近隣住民(地球人)は、相手が弱い立場だとか無力だとかわかると、蔑視や差別を露骨に示して排除したり、搾取の対象にしたりして、相手の尊厳や生存権を無視して平然としている。
たぶん、南アフリカでアパルトヘイトが持続していたときには、弱者への差別はごく通常の政治制度であり、普通の文化だったのかもしれないが、それにしてもひどい。
主人公のウィクスも、普段は市民の尊厳や権利を尊重する、まじめで公正な公務員なのだ――政府の官吏が人権意識を備えているという意味では、アパルトヘイト下の社会ではないようだ――が、政府とMNUという団体の酷いやり口の手先となるのも平気だ。MNU(多国籍連合)とは、 Multinational United という団体・企業名の略称で、この組織は政府から対策をまる投げされた民間企業・営利団体だ。
そういう企業に行政・統治活動が丸投げ委託されているという意味では、この社会は民営化が行き過ぎた変な社会だ。
ウィクスは、MNUという民間企業が行政を牛耳っていることにあまり深く疑問を感じることなく、むしろ、異星人対策を卒なくこなすことは、出世=昇進のチャンスとさえ割り切っている。
だが、ふとした事故がきっかけでウィクスは宇宙船の燃料を飲み込み、身体細胞の突然変異が始まり、しだいにエイリアンへと変身し始めた。
しかも、第9地区に居座る地球人(黒人)ギャングやMNUは、大きな利権を得ようとエイリアンに変異し始めたウィクスを捕獲して「人体実験」に利用したり、異星人の兵器を奪って売りさばくために利用したりしようと画策した。
虐待されそうになったウィクスは逃げ回ることになった。
こうして、ウィクスは人類から「異物」として疎外され、搾取され、虐待される立場に立たされ、ようやくエイリアンの立場の悲惨さと苦悩を知ることになった。
げに恐ろしきは、地球人の欲望なのだ。
ドタバタ悲喜劇タッチで、現代人類と文明を痛烈に皮肉った作品。
ところで、ここで登場する民間企業MNUは、アメリカが中東やアフガン、イラクでの戦争、侵略で用いた「多国籍連合軍」をも意味する。意味深長な名称だ。