ところで、ウィクスには、公務員《小役人》の特性として、民衆に対して法令や規則に抵触ないし逸脱する些細な事柄をあげつらって介入したがる――それが業績として評価されるから――という性癖がある。
それで、ウィクスはエンジニアの父子のバラックを訪問したときに父親の態度に不審を抱き、バラックに入り込み、修復中のコンピュータや不審な液体を発見した。不審物は宇宙艇の燃料で、小瓶に入っていた。
ウィクスは小瓶を押収しようとして小瓶を取り上げた。
クリストファー(エイリアンの父親)は燃料をウィクスから取り返そうとし、2人は揉み合った。
揉み合いのなかでウィクスは倒れて腕に傷を負ってしまった。そのとき、瓶から飛び出た液体がウィクスの口と腕の傷口にわずかに入ってしまった。
しばらくすると、ウィクスの腕の傷は激しく痛み出し、口にした液体のせいで酷い嘔吐感に見まわれ、意識を失ってしまった。
ただちに救急隊が駆け付けて、ウィクスはMNUの医療施設に収容された。
その一連の混乱のなかで、ウィクスの護衛として随行してきた宇宙人嫌いの兵士ヴェンターがクリストファーの友人を撃ち殺してしまった。小瓶の燃料は兵士たちによって押収された。
ところで、MNUの施設でウィクスに対して治療がおこなわれたかというと、そうではなかった。
MNUのその医療施設はじつは秘密の人体実験場だった。そこでは生物兵器や化学兵器、薬品の開発などがおこなわれているらしい。ウィクスは、MNUにとって格好の実験台になったのだ。
というのも、ウィクスの腕の傷害部分では、燃料を浴びたことから身体細胞の突然変異(トランスミューテイション)が始まっていたからだ。
ウィクスの身体はしだいにエイリアンの身体細胞に置き換わり始めていたのだ。
MNUとしてはウィクスの収容によって、地球人類から少なくとも部分的にエイリアンに変異しつつある実験生物=実験材料を手に入れたわけで、それによる将来的利益ははかりしれない大きなものと期待された。人命や市民の健康ではなく、とにかく利潤と収益こそが、MNUの行動原理なのだ。
ことに、エイリアンから入手した兵器は、エイリアンの生体細胞にしか反応しないので、人類にはこれまで操作できなかったが、ウィクスの身体細胞を増殖して人口アームをつくれば、驚異的な破壊力を備えた兵器を思う存分操作できるという点が注目された。
MNUは多国籍軍事企業でもある。エイリアンの兵器を――生体認証用の手腕つきで――人類向けに売り出せば、巨大な利潤が期待できる。というわけで、ウィクスの身体は貴重な実験材料なのである。身体は切り刻まれ、部分的に培養装置のなかで増殖され、残りは標本になるはずだった。
そういう残酷な戦略を描き出したのは、ウィクスの妻の父で、MNU幹部のピエト・スミットだった。
しかしMNUは、メディアには虚偽の情報を流していた。
ウィクスはエイリアンの星から来た正体不明の病原体に汚染され感染し、危険なので、MNUの医療施設に反永久に隔離されることになったと報道された。
ウィクスは愛する妻に連絡しようとしたが、MNUの要員たちによって引き立てられ、施設に押し込められる場面がテレヴィで放映された。
その後、ウィクスの消息は途絶えた。