第9地区 目次
地球人類とエイリアン
見どころ
ヨハネスブルクのエイリアン
エイリアンの惨めな生活
エンジニア父子
ウィクスの悲劇
三つ巴の戦い
花を愛するエイリアン
エイリアンは人類像の投影
おススメのサイト
人生を省察する映画
サンジャックへの道
阿弥陀堂だより
アバウト・ア・ボーイ
のどかな信州の旅だより
信州まちあるき

エンジニア父子

  ところで、エイリアン集団(社会)の内部には明白な階級格差――それも身分差別というべきほどに酷い格差――があるようだ。
  エイリアンの大半の連中は、地球上での「その日暮らし」のような日常生活を受け入れている。だからゴミ漁りもすれば、飲んだくれもするし、窃盗や強盗に奔る者たちもいる。
  描かれているのは、男たちの生態ばかりなので、女性たちの生活スタイルはわからない。あるいは単性生殖または異性同体での生殖で、男女の性差はないのかもしれない。いずれにせよ、エイリアンの生態は、地球人類の男性に多い行動様式になっている。

  ともあれ、エイリアンたちは急速に人口を増大させているというから、生殖はあるのだろう。有性生殖だが、節足動物型の生物なので、あるいは卵生ないし卵胎生かもしれない。
  しかし、高度な知能をもつというから、幼体の誕生の安全のためには胎生ではなかろうか。というのは、地球上での生化学の常識であって、遠い銀河の生物の生態はわからない。映画では、残念ながら、その辺のところ――人口増殖の仕組み――はまったく描かれない。

  いずれにせよ、ほとんがその日暮らしのプロレタリアートのような生活スタイルだ。ところが、ある1組の父子と友人だけは、そういう生活からの脱出――いや、地球からの脱出と故郷への帰還――を夢見て、毎日地道な努力をしていた。どうやら、3人はエリートともいうべき知的階級(テクノクラート)に属する家族らしい。
  父親は地上では、クリストファー・ジョンスンと名乗っていた。
  父子は地球上で電子機器の材料になりそうな素材を見つけて、彼ら独特のコンピュータを修復していた。それは、地上に落下した小型宇宙艇をコントロールするシステムのための機器だった。

  ここで「プロレタリアート Proletariat 」という語を使ったので、説明しておこう。この語は本来、古代ローマ帝政期に、皇帝や元老院などの支配階級によって「子どもをつくる以外に能力(権能)を持たない多数の下層民衆」という意味で用いられた。つまりは蔑称である。
  この用語は、19世紀半ば、マルクスとエンゲルスがその著述のなかで、近代社会の下層民衆、とりわけ賃金労働者階級を意味して用いた。要するに、疎外され搾取され困窮化した下層民衆という意味で用いた。
  彼らは、プロレタリアートという語を、古代ローマ帝政期の下層一般民衆 Proletarius から引っ張ってきて転用したのだ。

  ローマ帝政末期には、ローマの一般市民は、かつてローマ市民の義務だった重装歩兵としての兵役を免除された代わり――この時代、軍事力は越境して帝国に侵入してきた蛮族出身者を含む「傭兵」によってまかなわれていた――に、政治参加の権利と財産権(市民権)をすっかり奪われ、食糧やワインなどの飲料を皇帝政府によって配給されていた。
  ローマ市内では彼らは物理的には多数派だったので、彼らの関心や不満を皇帝政権に向けないように、剣闘士の格闘や芝居などの見世物に熱狂させるようにしていた。
  飲み食いと見世物にうつつを抜かす状態にしておけば、下層民衆を黙らせておくことができる。エリート諸階級によって「奴らは子どもをつくる以外に能のない輩だ――だからパンとワインと見世物をあてがっておけばいい」という侮蔑的な文脈でプロレタリウスと呼ばれたのだ。
  ただし、パンや酒の供給量が減ったり、見世物が減ると、彼らは数にものを言わせて、反乱や騒乱・蜂起を起こして、帝政の統治機能を麻痺させてしまうこともあった。また、エリートの政敵どうしの争いに利用・動員するために、煽動されたりもした。

  その小型宇宙艇はじつは宇宙旅行のための制御モデュールで、巨大な宇宙船=母艦を制御する中央管制装置が組み込まれていた。それが落下したために、宇宙船は空宙で停止したままになっているらしい。
  だから、宇宙艇を修理して母船に戻せば、母船は宇宙航行ができるようになるのだろう。
  同時に、父親は地球上の材料から宇宙船の燃料を抽出している。数百ミリリットルで、大型タンカーが積載できるガソリン量以上のエネルギー源になるものらしい。
  液体のエネルギー源だが、地球人類がしているように酸素と結合する燃焼によって熱エネルギーを生み出すというような不合理なものではないようだ。それにしても核融合エネルギーに匹敵するような凄いものだ。

  父子は、地上の掘っ立て小屋の地下につくった秘密の部屋で、周囲のエイリアンや地球人類の目から隠れて密かに宇宙艇のコンピュータ制御システムの修理と燃料抽出を進めていた。
  しかし、ひょんなことから、父子は、立ち退き交渉役のウィクスから目をつけられてしまった。

前のページへ || 次のページへ |

総合サイトマップ

ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済
SF・近未来世界