1980年代のあるとき、ヨハネスブルクの上空に巨大な宇宙船が飛来して突然静止した。何やら事故に遭遇したらしい。そのせいで、地上に何百個体ものエイリアンが降りてきた。
彼らの身体は、地球でいえば甲殻類か昆虫などの節足動物から進化したらしい姿形をしていて、宇宙空間の旅行ができるほどに高度な科学を発達させた知的生命体のようだ。
だが、宇宙船による移動手段を失って地上に降りるしかなかった彼らは、なんらの生活手段、生存手段も持たないみじめな存在だった。人類の政府の温情=救貧・福祉政策にすがってどうにか生き延びることになった。
彼らが保有する科学技術からすれば、地球の人類文明を圧倒して支配することなど造作もないはずなのだが、彼らは高度の知的で理性的なようで、ただひたすら困窮して冷酷な準類の統治に甘んじることになった。
彼らは「第9地区(District 9)」という区画に隔離されてスラム街を形成して、人類からの「施し」を受けて生活を始めた。
そのうち南アフリカ政府は、財政危機のためか、近隣住民からの苦情のせいか、やりようがなくなって、MNUという民間企業にエイリアン対策を「まる投げ」した。しかし、じつはMNUは、世界各国の政府や国連と癒着して軍事や民生部門の受注契約を請け負いながら莫大な利潤を稼いでいる後ろ暗い多国籍業だった。
要するに、原住地区から立ち退かせて、別の集団隔離施設に送り込もうという作戦だった。
このエイリアン対策の現場責任者に選ばれたのは、ヨハネスブルク市の職員で、アフリカーナ――ネーデルラント・ドイツ系移民の子孫――のウィクス・ファン・デ・マーウィ。
エイリアンの住宅を個別訪問して、立ち退きと移転を要求し説得する活動の指揮をとることになった。
■おとなしいエイリアンの悲惨な生活■
ところで、節足動物型のエイリアンたちは、銀河間あるいは恒星間の宇宙旅行ができるほどの科学技術を備え、またとてつもない破壊力の兵器を持っているにもかかわらず、概しておとなしく、順法精神に富んだ種族だった。
もちろん、彼らのうちには個人として逸脱や粗暴な行動に出る者がいることはいるが、全体としては、地球人類の法制度や規範を受け入れていた。
言い換えれば、地球人類の権力秩序に従うほかなかった。
その結果、アパルトヘイトによって秩序づけられていた、貧富の差が激しい人種間の階級格差が根強く残る南アフリカ社会の最底辺=最下層の地位を割り当てられてしまった。
つまり、黒人最貧困層のさらに下に位置づけられた、みじめな階級として生活するしかなくなったわけだ。