さて、「隔離病棟」のなかに閉じ込められてどれくらいの事件が経過したか。ウィクスは目覚めた。
ベッドの上だった。ウィクスの身体には何本ものテューブやら測定機の端子やらが取り付けられていた。
隔離される前の記憶がよみがえってくると、ウィクスはここから脱出しなければならないと感じた。
彼は必死に身体に取り付けられた器具を引きちぎって、ベッドから起き出した。周囲を見ると、治療病棟というよりも隔離施設であることが一目瞭然だった。
ドタバタ四苦八苦、涙ぐましい奮闘・努力によって、ついにウィクスはMNUの施設から脱出した。
だが、厳重な監視設備やら多数の目撃情報によって、ウィクスの脱出はただちにMNU首脳の知るところとなった。
当然、政府以上の権限を持つMNUの追跡捕獲部隊――最新兵器で武装している――が出動した。
そして他方、これまたMNUが都合よく操作した情報が緊急テレヴィ・ニュウズで流され、ウィクスは「指名手配犯」となった。この社会の情報システムには、MNUの権力が全面的に浸透していて、政府よりもはるかに有効に民衆に対して情報や権威を伝達しているのだ。
だから、ウィクスは人目が集中する市街地には逃げ込むことはできなかった。今や、ウィクスは人類に脅威を与える敵となり、全人類はウィクスの敵となったのだ。
追いつめられた彼が逃げ込んだのは、エイリアンの居住区「第9地区」だった。
ウィクスはようやくクリストファーの住居にたどりついて、なぜ身体の一部がエイリアンの細胞に変異するようになったのか、どうすれば身体が元通りに戻るか尋ねた。
クリストファーは、ウィクスの身体細胞や器官がエイリアンへの突然変異したきたのは、あの小瓶に入っていた液体(燃料)が口や傷口から身体内に入ったためだ、と返答した。そして、あの小瓶はどこにあるのかと聞き返した。
ウィクスは、「MNUの施設内に保管されている」と答えた。
クリストファーは愕然とした。というのは、ウィクスが持っていれば、その燃料を宇宙艇に一滴でも注ぎ込むことができれば、上空に停止している巨大宇宙母船まで戻ることができるが、それができないからだ。
そして「母船に戻ることができれば、君に治療を施し元の身体に戻すことができるのに」と嘆いた。
「要するに、あの燃料があれば、ぼくの身体は元通りに戻せんるんだな。
よし、じゃあ2人でMNUに取り返しに行こう!」とウィクスは言い出した。
「だが待てよ……MNUに捕らえられれば、戻ってこられないな。
よし、君らの兵器をもって行こう。邪魔する者たちは撃ち倒せ!」
というわけで、ウィクスはやっと逃げ出してきた場所に決死の覚悟で戻ることになった。
2人はMNUの施設に忍び込んで燃料の小瓶を探し回った。
燃料は、ウィクスが閉じ込められていた場所の隣の「標本室」にあった。だが、そこには、エイリアンの胎児や解剖遺体の標本が陳列されていた。
「何と酷いことを…」というような悲しい表情で、クリストファーは自分の同類の標本を見つめていた。
「おい、何をしているんだ、逃げよう!」とウィクスは叫んで、逃げ出した。
クリストファーとウィクスの侵入と燃料の奪還がMNUに察知され、2人の逃避はすさまじい闘争になった。ともかく、2人はMNUの施設から脱出した。MNUは屈強の傭兵隊を出動させて、2人を追跡することになった。
ところが、ウィクスはMNUに追われるだけではなかった。
身体細胞がエイリアンのものに変異しつつあるウィクスは、MNUにとって貴重な実験材料であるばかりでなく、エイリアン居住区で闇の権力を拡張しつつある黒人ギャング=オバサンジョ団にとっても垂涎の的だった。彼らがエイリアンから買って溜め込んだ兵器は、ウィクスの手にかかれば操縦できるからだ。
こうして、ウィクスはMNUとギャング団の双方から駆り立てられるはめに陥った。