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絵画《孤独な少女》
衝撃の作品移転計画
さらにもう1人
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立ちふさがる壁
贋作を用意できるか!?
手 違 い
フロリダの浜辺で
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ミッション
1900年

絵画《孤独な少女》

  ニュウヨークのある美術館。
  この美術館の警備係、ロジャー・バーロウ(クリストファー・ウォーケン)は、きょうもまた1つの絵画の前に長い時間たたずんでいる。警備員というよりも、絵画の熱心なファン、あるいは専門の研究者ででもあるかのように。
  その絵画は、《孤独な少女 The Lonely Maiden ) 》というフランドゥルないし北フランスの画家の油彩画だ。
  物語のなかでの設定では、19世紀後半の「北フランス自然主義派」の潮流・方法論に属する画家の手になるという。
  もの寂しげな風情の浜辺にたたずむ少女が、所在なげに遠くを見つめている姿を描いた絵だ。深いモスグリーン――角度によってはオリーヴグリーン――のドレスを着て、寂しげなまなざしで遠方を眺めている。背景には寂寥とした砂浜の段丘が描かれている。
  この美術館に訪れた老婦人が感想を漏らしたたように、今日の見方では、やや太めの少女である。とはいえ、当時の若い女性の体格は、ルノアールが好んで描いたように、がっしりしていた。そのせいか、孤独だが、意思は強そうな表情に見える。

  ハリウッド映画が1960年代に、オードリ・ヘップバーンを典型とする華奢な体格を女性美の典型として描くようになる以前は、「子を産む性」としての女性は太めでがっしりした体格が好ましいとされていた。ということで、この『孤独な少女』で描かれているのは、その時代の美少女なのだ。

  ロジャーは絵のなかの少女に心を奪われているようだ。その絵を見ながら、ロジャーはあらぬ妄想に浸っている。
  銃で武装した強盗団が屋根から降りてきて絵画を盗出そうとするのをロジャーが阻止しようとして銃撃され殺される……そういう映画の場面のような活劇を夢見ているのだ。
  要するに、その絵を守るためならば、強盗団の前に身を投げ出してもかまわない、というロジャーの気構え、絵に対する思い入れを示すための、空想場面なのだ。

  ロジャーの自宅には絵画研究のための書籍・専門書がびっしり並んだ書架がある。趣味は《孤独な少女》をめぐる絵画史や絵画技法の研究というわけだ。暇なときは、自宅で芸術家を気取りベレー帽をかぶって、絵画に関する書籍を読みふけっているのかもしれない。
  だから、ほかの絵はともかく、《孤独な少女》と「北フランス自然主義派」に関する知識は、専門家並みかそれ以上のようだ。じいさんオタクなのだ。

  というわけで、美術館でも彼が警備する場所は、《孤独な少女》が展示されているフロアということになる。そこに陣取ってこの作品に見とれながら日々感動し、奇想天外な妄想に耽るというわけだ。
  そして、近くを通る来館者にこの絵画の技法や魅力、さらには歴史的背景を説明する。この絵に関しては、並みの学芸員をはるかに凌ぐ知識を備えているのだ。
  ここまで作品に魅了される警備員も珍しい。

■もう1人の老人オタク■
  ところが、別のフロア――ロジャーがいるフロアの向かい側――の展示コーナーにも、ある絵画に朝から夕方まで見とれている、これまた老人の警備員がいるではないか。
  警備員の名は、チャールズ(モーガン・フリーマン)。
  見とれている作品は《猫と女( A Woman with Cats ) 》――もちろん架空作品)。
  絵画の構図は、何やらフェルメールの作品と似ているようだ。
  《天秤を持つ女》とか《牛乳を注ぐ女》のように、静謐な室内空間に1人の女性がいる。ただし、傍らには猫たちがいる。だから、女性ただひとりが静謐のなかにたたずんでいることで生まれるドラマ性はない。
  だが、名画と似ている構図ということで、名画のように感じる。
  チャールズもまた、40年近くも毎日この絵を見つめてきた。細かな筆のタッチや技法については、世界の誰よりも詳しいといえそうだ。毎日、絵を見ては感動し、溜息を洩らしている。

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