翌朝、チャールズは、美術品の空港への搬送を請け負った輸送業者のヴァンとそっくりの車を準備した。輸送業者の車両に紛れ込み、美術館の倉庫から、ジョージとともに梱包されている箱を持ち出すことになっていたのだ。
一方、ロジャーは倉庫で車両への運び込みを確認するはずだった。この段取りを計画した時点では、ロジャーとしては先にロウズをフロリダに旅立たせて、後に残って美術品のすり替え作戦を実行する見込みだった。
ところが、その朝、ロウズが当初の予定を変更してロジャーと一緒にフロリダ旅行に出発することにしてしまっていた。ロジャーは一緒に行けないと言い訳した。
そこで、ロジャーが美術館に出かける計画を聞いて憤慨し、とにかくロジャーやチャールズとともに行動して、ロジャーを監視して一緒に飛行便に乗り込むと主張して譲らなかった。ロウズは、ロジャーがチャールズたちと良からぬことを企んで、フロリダに行かないのではないかと疑ったのだ。
というわけで、チャールズはロウズをヴァンに乗せて、「盗品回収」をおこなうはめになった。
さて、倉庫ではあわただしく荷積みがおこなわれていた。そのため、ロジャーやチャールズの思惑は外れて、別の――本当の輸送会社の――ヴァンにジョージと盗品が梱包された箱が乗せられてしまった。そのまま、ヴァンは空港に向かって走り出していった。
ロジャーとチャールズは、空港までそのヴァンを追いかけた。
だが、空港の貨物プラットフォームについたときには、あの箱はすでに航空機に貨物荷として積み込まれていた。
そこで、ロジャーは空港の航空貨物搬入係に箱をヴァンに戻すようとかけ合ったが、美術館からのからの正規の申し入れがないとダメと拒否された。
ロジャーが手詰まりで困っていると、ロウズがしゃしゃり出て、係に強引にねじ込んで箱をヴァンに戻させた。なにしろ、夫婦でのフロリダ旅行に一刻も早く出かけるためにと、ロウズはすごい迫力で貨物係員に迫ったのだから。
まあとにかく、ロジャーとチャールズは3つの美術品とジョージの身の回収に成功した。もっとも、箱のなかからジョージが全裸で出てきたのには、ロウズは驚いた。
さて、ロジャーとロウズは、獲得した美術品の運搬と保管についてはチャールズとジョージにまかせて、フロリダ行きの航空便に搭乗した。まあ、40年ぶりの「新婚旅行」といったところかもしれない。
フロリダといえば、カリブ海に臨むリゾート地。
日光の入射角が高い場所だ。つまり低緯度地域で赤道に近いほど、紫外線の入射角が大きくなって海水深くまで差し込むので、海水はより深くまで青く澄んだ色に見える。つまりは、北半球では南に行くほど、海はより青く美しく澄んだ色に見えるのだ。日本でも沖縄では海水がより美しく見える。
そのせいか、ロジャーはずっと海水浴三昧。
だが、ロウズは浜辺にたたずんで、海とロジャーを眺めている。
海に入ったロジャーが、妻を海に誘おうとして浜辺を振り向いたとき、モスグリーンのドレスを着たロウズが見えた。
浜辺に静かにたたずんで遠くを見ている。どこかで見たシーンだ、とロジャーは思って考えた。
ああそうだ。この構図は、あの絵画《孤独な少女》の場面ではないか。
深い緑の服装の少女が浜辺にたたずみ、遠く海を見つめている。
ロジャーはずっと憧れていた絵のなかの女性の姿が、今目の前にあることに気づいた。あこがれの女性は、ずっと身近にいたではないか、と。
ロジャーは感動して海から飛び出して妻のもとに駆け寄った。そして、強く抱きしめて愛をこめて口づけした。
彼が世界一美しいと信じていた絵に描かれた場面と女性が目の前にいつもいるんだと感動した。
枯れた老人たちの冒険の終幕としては、何ともロマンティックな場面ではないか。
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