ところが、この美術館は収益増大のために、作品の入れ替えを計画していた。
主任キュレイターが、デンマークの美術館と提携関係を取り結んで、何十点もの所蔵作品を互いに取り換え(移転し合う)ことにしたのだ。
世界各地のそれぞれの美術館――ルーブルやエルミタージュなど超巨大な美術館を除いて――は、それぞれに個性・特徴を競い合っている。つまり得意分野を伸ばそうとしているのだ。だから、その得意分野から外された作品は、欲しい別の作品と交換されることになる。
移転される作品群のなかには、《孤独な少女》と《猫と女》が含まれていた。
ある日、ロジャーは同僚の警備員から、この作品移転計画のことを聞いた。ひどい衝撃を受けた。
チャールズもまた深刻な打撃を受けていた。
展示作品にすっかり魅了されているという点で肝胆相照らす仲のロジャーとチャールズは、ある日、勤務明けの夕刻、カフェで待ち合わせた。美術館の計画に対して非難をぶつけて鬱憤を晴らそうとしたが、気が晴れるわけがない。2人にとって、人生そのものが狂うことになるのだから。
「退職後にはデンマークに引っ越すしかないかな。妻はフロリダに憧れているんだが。
温かいフロリダで老後を暮らしたいという妻を説得できるはずがない。
ああ、どうしよう…」と嘆くロジャー。
ロジャーの妻のロウズは、老後にフロリダに移住するのを楽しみに、美容院でのパートタイム勤務の給料をせっせと大きなガラス瓶に貯金している。その貯金が増えるのを楽しみながら、ロジャーと老後の生活の計画を話し合っているのだ。
「嘆いたたって、はじまらないさ。
こうなったら、われわれが移転計画を阻止するしかない」とチャールズ。
「われわれに何ができるって言うんだい。
……まさか、絵を盗み出すって言うんじゃないだろうな」
ロジャーは疑念をぶつける。
「そうさ、盗み出すのさ」
「ばか言うな。泥棒を防ぐのが俺たちの仕事じゃないか。
それに、こんな老人2人がやったこともない絵画窃盗だって!?
できるわけがない。
冗談はよしてくれ。俺はもう帰るよ」
とその場は絵画窃盗の話を一蹴したロジャーだったが……。
《孤独な少女》がニュウヨークからデンマークに行ってしまうという悲劇が頭を離れない。
こうして、いつしかチャールズの絵画窃盗計画についつい耳を傾けてしまうようになった。
というのも、チャールズは勤務時間後のパートタイム(副業アルバイト)として、美術館の夜間監視カメラ画像による監視・点検をやっていて、防犯システムの破り方について、一家言をもっているからだ。セキュリティの盲点を突く方法も知っている。説得力がある。