ヘルシンキの海辺の街並み
サチエはとにかく手をかけて料理をつくるのが好きなようだ。これこそ料理人の最高の才能だ。
で、ある夜「明日はシナモンロールをつくろう!」と言い出した。ミドリも乗り気になった。
翌朝、小麦粉やバター、卵などを混ぜてこねてパン生地をつくって延ばし、そこに粉末シナモンを振りかけて巻き、掌ほどの大きさのロールパン生地に仕立てた。それをオーヴンでゆっくり焼き上げた。さわやかなシナモンの香りに満ちたロールパンができ上がった。
やがてトンミもやって来た。
連日ウィンドウ越しの食堂見物にやって来る老婦人3人連れは、その朝はシナモンロールのうまそうな香りに惹きつけられて、ついに店に入ってきた。シナモンロールを食べたいという強い決意に満ちていた。昨日まで躊躇していたのが嘘のようだ。食欲をともなった好奇心こそ、多くの女性を突き動かすドライヴィング・フォースだということだ。
彼女らは店に入るなり、テイブルに行く前に決然と「シナモンロールとカフェを」と注文を発した。
配膳されたカフェを飲みシナモンロールパンに齧りついた。老婦人たちの顔が輝いた。それを見て、サチエはにんまり。心のなかでは「やったー!」と叫んでいただろう。
こうして、3人連れの老婦人たちは、すっかり店の常連客となった。つまりは、前々から店に強い興味(好奇心)を抱いていたわけだ。が、日本人とよく似た「恥ずかしさ」というか「ためらい」がはたらいて店になかなか入ろうとしなかったのだ。
サチエに言わせると、フィンランド人は日本人とよく似た「シャイな気性」が強いらしい。その辺の心性が、いつかは日本食を好きになってくれそう、顔なじみ風の常連客になってくれそうだという予感の原因らしい。
しかも、日本人と比べると、せっかちさがなく、じつにのんびり鷹揚なのだという。
さて、それからは…
客がいる店というものは、それだけで誘客効果をもつようだ。少しずつ客が増えていった。おいしいからこそ客が集まるのだから。
「日本食の通」らしい中年――いかにも北欧人らしい長身の美男美女――の夫婦が来店した。2人の注文は、サケの塩焼き定食とトンカツ定食だった。
それを料理するシーンがまたうまく描かれている。たぶん、顔が見えないで手際良く料理する映像は、専門の料理人の作業を撮影したのだろうと思う。じつにみごとな手さばきだ。思わず「塩鮭が食べたい!」と思うようになる。
日本食、万歳! 最高!