翌日、あの女性がお礼を兼ねて来店した。
      それなりに自分の気持ちに整理をつけたせいか、その日は髪の毛の手入れもきちんとしていて、服装も化粧もきっちり決めていて、持ち前の美しさが回復してきたようだ。
      その日は、カフェとシナモンロールを注文した。
      前日の世話のお礼を言いながら、彼女は日本人女性3人に「人を呪う方法」を尋ねた。
      3人ともやったことはないが、日本の古典的な呪術としての「丑の刻参り」を教えた。真夜中に、呪いをかけたい相手に見立てた藁人形を大きな釘で樹の幹に打ちつけるという方法だ。
      もちろん、日本人女性3人は半ば冗談として話したのだろうが。
    
      ところが、その女性は「丑の刻参り」を実行した。人形の藁は麦藁だろう。そして、たぶん呪う相手は家を出ていった自分勝手な夫だろう。真夜中に、樹の幹に藁人形を釘で打ちつけた。
      一方、どこかのホテルにいた夫は、テレヴを見ているときに、急に胸の痛みに襲われた。胸の痛みといっても、妻を捨てて家を出たことへの胸の痛み――良心の疼き――だったかもしれない。
      ともあれ、そういう経緯で、サチエ、ミドリ、マサコとフィンランド人女性の4人はかなり親しくなった。
    
      その後、女性の夫は寂しさ――と心の痛み――を感じて戻ってきた。
      「やはり妻と一緒に暮らすのが一番いい」ということらしい。
  かもめ食堂の休業日のある日、女性4人――サチエ、ミドリ、マサコ、夫との関係を修復した近隣の女性――は海岸に日光浴に出かけた。
      女4人が帽子とサングラスのいでたちで、並んで椅子にかけている。すっかりくつろいでいるようだ。おしゃべりに興じたり、食べたり飲んだり……。
      かの女性は、ふとサチエに話しかけた。
      「夫が出ていってからすぐに、可愛がっていたペットの犬が死んでしまったの。
      あなたの顔を見ると、その犬を思い出すわ。よく似ている。
      ……あの食堂はあなたにふさわしい店だわ」
      その女性は、思い悩んでいたときに、かもめ食堂にやって来ていた。夫に家出されたうえに、可愛がっていた犬まで死んでしまった。店内で働くサチエを眺めて、ペットの犬が生きていたときの幸せな家庭を思い出していたのかもしれない。
      
      やがて、4人は店に歩いて戻ることにした。途中でサウナ風呂に寄ったのだろう。
      帰り道での会話。
    ミドリ:「マサコさんはサウナ風呂我慢大会に出ればいいわよ。優勝できるわ、きっと。だって、あの熱いサウナに20分も入っていられたんだから」
      これにはマサコ以外の3人とも賛同。
    マサコ:「あら、私はエアギター大会に出てみようと思っているのに」
    サチエやミドリ:「マサコさんなら、エアギターも格好いいわよ、きっと」
    
      ところが、店に戻るとドアの鍵が開いていた。
      なかに入ってみると、男が侵入している。サチエは男を捕まえて、合気道の技で投げ飛ばした。ひっくり返った男の顔を見ると、
      「あら、マッティじゃない!」
      女性たちはマッティに店に侵入した理由を尋ねた。事情はこうだった。
      マッティは、以前この店舗でカフェを経営していた。
      店を閉めたときに、カフェ豆挽器を置き忘れてしまったとらしい。で、その日にこっそり忍び込んで持ち出そうとしたのだという。
      「そんなら、言ってくれれば引き渡したのに」というのが、サチエの言い分。
      マッティもこの店の常連みたいなものなのだが、恥ずかしがり屋で「返してくれ」と言い出せなかったようだ。おとなしすぎる割には、店の休日にこっそり持ち出そうというのは、大胆すぎる。その辺りがフィンランド人のメンタリティなのか?
    
      さて落ち着いてみると、サチエたちは空腹を感じた。そこで、おにぎりをつくって食べることになった。塩鮭と梅干しとオカカを具にして海苔を巻く。お茶も用意して。かごに乗せてテイブルに運んだ。
      日本人女性3人とあの中年女性、そしてマッティの5人がテイブルを囲む。
      サチエ、ミドリ、マサコが美味しそうに海苔を巻いたおにぎりを食べるのを見て、かの女性も手を伸ばした。マッティも食べ始めた。ひとつの食卓を囲むというのは、親しさを深める有効な手段だ。まして、おにぎりを一緒に食べるのだから。
      この映画では、食べ物が物語を進める狂言回しの役を演じているかのようだ。カフェ、シナモンロール、おにぎり、サケの塩焼きなどなどが……