バルセロナのカタルーニャ美術館。17世紀に建造されたバロック風の古い城館をそのまま美術館の建物にしているようだ。豪奢な円蓋と塔が目立つ。
ある真夜中、その美術館に上空から4人のパラセイラーが近づいた。彼らは屋上に降り立ち、天井部の側壁のはめ込みガラスの縁をレイザーメスで焼き切って館内に侵入した。まず1人が天井からロープを伝って展示室の床に降りた。床面のセンサーが反応して、警備用モニターに警告を表示した。その警報を確認しようと展示室に駆け付けた警備員は、侵入者に襲われて倒された。
ロビーに見回りに出た警備員も、強盗に倒された。
侵入者のうちの1人は電子機器の専門技術を駆使して、次々に館内の警報システムを解除していった。残りの3人が展示室の床面に降りて、館内を物色し始めた。目的の絵画はすぐに見つかった。エル・グレーコの作品――フィクションで、十字架を担ぐイエスが描かれている――だ。
3人のなかで一番若いホセが絵画に近づくと、リーダーの警告を無視して、絵の額を外した。額の裏には、盗難防止用の赤外線センサーが設置されていた。そのため、額が外されたとたん、館内全体にけたたましい警報音が鳴り響いた。最寄りの警察署への通報装置もはたらいた。数分もかからずに警察車両が美術館に急行した。警察官たちが美術館をすっかり包囲して、強奪犯たちは閉じ込められた。
館内では、リーダーが額から絵を外す作業をしていた。残りの3人は、逃亡経路に急いだ。そのとき、上空にヘリコプターが現れた。3人は屋上に向かい、ヘリに飛び乗った。遅れてきたリーダーもヘリに飛び移った。こうして、エル・グレーコの名作は、強奪犯4人とともに漆黒の空に消えた。
盗まれた絵は、イングランドの有名な絵画蒐集家、ヴィクター・ボイドの所有物だった。彼は、絵画購入のエイジェント(アドヴァイザー)、サンドラ・ウォーカーの助言にしたがって、エル・グレーコの名作をバルセロナの美術館の展示会に出品したのだ。一般公開すれば――知名度が高まり購入希望者や美術館など借用希望者が増加して――絵画の評価額が上昇するから、という理由だった。
してみれば、ヴィクターからすれば、サンドラの助言で美術館に預託したために、強奪犯の目に触れ、盗み出されてしまったということになる。ヴィクターは翌朝、ただちにニューヨークのサンドラに電話を入れてクレイムをぶつけ、すぐにバルセロナに来て、警察による捜査や奪回作戦に協力するように命じた。