その夜、カタルーニャ美術館からエル・グレーコの傑作を奪った男たちは、市内のディスコバーでくつろいでいた。危険な一仕事を終えて、ようやく人心地を回復したようだった。だが、リーダーのフェルナンドは苦々しい面持ちで仲間のいる席に近づいた。
そして、ホセという若者の首を締めあげ、酒を浴びせた。
「このドジめ! 次にミスしたらそのときは死ぬぞ」と脅しつけた。
その場はこれで収まった。ところが、真夜中まで飲んでバーを出たホセは、裏通りを歩き出したとき、突然暴漢に襲われ、腹や胸をなども刺されて殺されてしまった。暴漢はフェルナンドだった。
「ミスは絶対に許さない」という掟が実行されたのだ。ということは、強奪犯グループは相当に厳格な条件で仕事を請け負っているということなのだろう。
盗まれた絵があまりにも有名なので、市場――とはいっても盗難絵画の闇市場――で売りさばくのはかなり困難だろう。大金持ちで絵に病的なまでに強い執着心を持つ蒐集家が、強奪犯を金で雇っているのだろう。バルセローナ警察の捜査陣は、こう推理した。
その線に沿って、サンドラはダニエル・マーリンとともに、絵画強奪を背後で操っていそうな強欲な蒐集家を世界中からリストアップした。サンドラは世界の絵画取引き事情のアナリストだから、有力な蒐集家に関する情報に詳しいのだ。ダニエルもまた絵画の専門家として蒐集家の世界に関しても情報通であるのは、言うまでもない。
こうして、金に糸目はつけずに力づくでも絵を手に入れようというような人物が何人かリストアップされたが、ダニエルは、そのなかで最有力な人物はロシアン・マフィアのボス、マクシーモフだと指摘した。
裏社会の情報では、マクシーモフは、ソ連レジームの解体期に急激にのし上がった犯罪組織のボスで、ものすごく独占欲が強い男だった。レジームの崩壊によって治安が混乱したロシア各地の美術館襲撃を企てて、一躍、世界有数の絵画・美術品蒐集家にのし上がったという。そして、最近は、とりわけてエル・グレーコに執着しているという。
マフィアのボスにとっては、美術史に名が残っている画家の絵を所有することは、今や大富豪となった自分の地位や権力を輝かしく飾り誇示するための方法となっていた。
しかも、近々、バルセロナで開催される予定の絵画オークションにも乗り込むつもりで、先日、豪華なクルーザーでカタルーニャの港に乗りつけたという。犯行地点の近くに来ているというのは、状況証拠としてかなり怪しい、というわけだ。