そのとき、ロバーツはタウワーに戻ってきた。
ロジャーとパティの夫妻も最上階に向かった。ロバーツの恋人、スーザンもドレスに着替えて、最上階に行った。
中央制御室では、保安主任のハリー・ジャーニガンが81階倉庫の異常事態に気づいた。火災感知器が、この部屋の異常な高音を告げていた。火災に違いない。緊急の対策が必要だ。そこに、ロバーツがやって来たので、ビル支配人を含めた数人で81階の倉庫に駆けつけることにした。
現場に駆けつけると、倉庫のドアの隙間から煙が漏れていた。支配人はドアを開けようとした。
「やめろ!、酸素を求めて炎が噴き出す」ロバーツの叫びは一瞬遅かった。開けたドアから吹き出た炎――バックドラフト――はたちまち支配人の服に燃え移った。
カーテンを引きちぎって支配人を包んで、かろうじて火を消したが、彼は大火傷を負っていた。
ロバーツは、氏の消防局に緊急出動を要請した。おりしも、消防局でも直通火災警報を受信していた。
グラスタウワーには、隊長、マイケル・オハラハン(消防畑に多いアイリッシュ系の名前)消防隊と消防車・緊急車両の一団が出動してきた。
オハラハンは中央管理室に駆けつけると、ビルの保安担当が掌握している限りでの現状情報を聞き取り、ロバーツにはこのビルの各種設計図面の提供を求めた。さらに、出火区画前後から上にある各階のテナントや事業形態、住宅区画の仕様について情報提供を求めた。というのは、各フロアにある営業資材や商品、調度品の材質や成分を検討して、燃焼の状況やガスや煙の化学成分を把握して、対策を案出するためだった。
オハラハンは、81階の倉庫付近の火災を鎮圧することを最優先の課題として、そのために76階に消防隊の前進基地を置くことにした。というのも、火災による熱や炎は、その物理的性質上、勢力――炎熱や炎、破壊力――はまず上に向かうからだ。階下への延焼よりも階上への延焼拡大の危険の方がはるかに大きいのだ。
消防車のはしごが届かない高層ビルでは、消火用の給水管が建物全体に配備されていて、火災発生時には消防隊が各階の消火栓と放水設備を使って鎮火活動をおこなうようになっている。
消防士 fire fighter とは文字どおり、火炎との戦闘に挑む専門家だ。
81階ではすでに消防先遣隊が放水による消火活動をおこなっていた。
だが、オハラハンが81階の倉庫付近に行ってみると、炎症拡大していて、ビルの放水設備・放水能力ではもはや鎮火は困難で、かなり手間がかかりそうな様相だった。それゆえ、上の階への延焼の危険が迫っていた。だから、火災で発生したガスや煙は階上に向かうから、上の階の人びとの避難が急がれた。
138階での記念式典参加者に1階への避難を勧告する必要があった。主催者ダンカンへの勧告をロバーツに頼もうとしたが、ロバーツの助言はすでに拒否されていた。そこで、オハラハン自ら最上階に赴くことになった。
緊急避難用エレヴェイターで最上階に達したオハラハンは、ダンカンに勧告を伝えた。だが、ダンカンは面目がつぶれると避難を渋った。 「何なら、避難命令に切り替えてもいいんだ」と迫られて、ダンカンはようやく避難を受け入れた。
オハラハンはすぐにエレヴェイターで81階に戻った。