火災は拡大し、すでに100階以上にまでおよんでいた。最上階の人びとは、迫り来る炎の前に孤立していた。焦りと恐怖が人びとのあいだに広がっていた。
非常電力で、展望用エレヴェイター(せいぜい10人乗りが限度)を動かすことができるようになったことから、子どもたちと高年齢の女性たちから、このエレヴェイターによって避難させることになった。少なくとも、グラスタウワーの展望用エレヴェイターが設置された側には、火災がまだおよんでいいないように見えたからだ。
ロバーツが連れてきた2人の兄妹とリゾレット・ミューラー、スーザン、市長夫人ら、そして避難誘導や警護を兼ねて消防士が乗り込んだ。エレヴェイターゆっくり下降していった。
ところで、グラスタウワーの火災は、連邦全体を震撼させる災厄となった。悲劇はマスメディアをつうじて世界中に報道されていった。災害は政治的な重みを帯びてきた。
合州国海軍の救難部隊も、現場にヘリコプターとともに災害救難の専門家ティームを派遣してきた。
部隊の指揮官は、オハラハンとの作戦会議の結果、状況視察ののち、ヘリコプターを救出活動に使うことにした。
最初の救出作戦は、138階から隣の高層ビル屋上までケイブルを渡して、そこに1人用の小型ゴンドラ枠を設置して、1人づつ救出するというものだった。そのための用具・材料が、誘導索に括りつけられて、(ガラスを割られた)最上階の窓際に打ち込まれた。索から手繰り寄せられたワイヤーとゴンドラが設置され、隣のビルの屋上と連絡された。籤できめられた順番で、1人ずつ避難が始まった。
ところが、一方の展望用エレヴェイターには危難が迫っていた。
100階にさしかかるところから、状況が怪しくなった。高層ビルの四方の壁面のいたるところで炎が噴き出すようになった。ビルの壁面の内部で急激に膨張した熱風と炎が、いたるところで窓ガラスや壁面の弱いところを突き破って、外に向かって爆発的に噴き出す。
炸裂する炎の列は、ビルの壁面を突き破って噴き出しながら徐々にエレヴェイターに近づいた。ついに爆風はエレヴェイターを揺らし、エレヴェイタールームボックスを昇降枠内に収めていた枠とガイドワイヤーを吹き飛ばしてしまった。展望用に全面をガラス窓にした設計が悲劇を招いた。エレヴェイターの窓ガラスは枠ごと吹き飛ばされ、ボックスは大きく傾いた。
聾唖の少女を守ったリゾレットは、破れたボックス壁面から墜落してしまった。
破壊されたエレヴェイターに閉じ込められた人びとを救出するため、ヘリが出動した。ヘリでエレヴェイターを宙吊りにして地上まで降ろすという作戦だ。
オハラハンがウィンチを積んだヘリに乗り込み、引っかけ用のワイヤーをエレヴェイターボックスに取り付けることになった。つまり、ヘリからエレヴェイターに乗り込み、吊り上げ装置を設置することになった。
オハラハンは何とかボックスに乗り移って吊り上げ装置を設置した。ところが、作業中に、ボックスに乗り込んでいた若い消防士が落下しかけた。オハラハンは消防士の腕をつかんで、安全ネットが用意された地点まで若者を何とか支え続けた。そして、ヘリに宙吊りにされたエレヴェイターは無事地上まで運ばれ、犠牲者はリゾレット1人にとどめることができた。
しかし、最上階では阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられようとしていた。
というのも、炎の勢いは最上階の直下まで迫っていて、すでに煙や熱気が138階に入り込むようになっていたからだ。