オハラハンとロバーツは運よく生き延びることができた。あまり大きな水の奔流が押し寄せなかったからだ。まあ、物語の主人公ということもあるだろうが。
それでも、ロバーツは一瞬、水圧に押されて浅い水の上を押し流されて意識を失ったようにも見える。要するに運だった。身体を押し潰したり破壊するような、部材が押し寄せる経路にいなかった。溺れるほどひどい水流は来なかった。ロープを引きちぎられて流され、エレヴェイターホールや屋外に落下することもなかった。
生き延びた人びとは、自ら避難路を見つけて、あるいは救出部隊の救難活動を得て、ようやく安全な地上にまで戻ることができた。
ロバーツは、オハラハンや消防隊のおかげで大破した展望エレヴェイターから救出されたスーザンと1階で再開して、喜びの抱擁を交わした。2人で新たな人生を築こうという希望を約束した。
その2人の横を、疲労困憊からやっと立ち直りかけたオハラハンが行き過ぎようとした。オハラハンは、ロバーツに聞こえよがしに呟いた。
「今回の犠牲者は200人まで達しなかった。この程度で済んだのは幸運だった。
だが、無謀な建築家たちは、これからも火災の危険を無視して、高層ビルの高さを競い合うだろう。その結果、何千、何万という犠牲者が出ることになるだろう。
火災に対して安全な高層建築の技法を、俺たちに尋ねて、正しい答えを出すまでは…。そういう建築家が現れるまでは…」
それを聞きとがめたロバーツは、 「私が、そういう建築家だ。だから、聞く。どうすれば、安全な建築ができるんだ」
「答えを知りたいなら、消防署の俺のオフィスに来てくれ」がオハラハンの答えだった。
ここで物語は終わる。このあとは、高層建築というものについて考えてみたい。
高層ビル(超高層ビル)というものは、人間の物的構築物のなかでも特異な存在である。ここで、超高層ビルとは、だいたい地上100mを越える高層建築物のこと。建築物として、そのほかのものと際立って異なっている。
たとえば、東京都区内および湾岸に林立する高層ビル群。関東平野のいくつもの大河川が上流の山岳部を侵食してもたらした大量の堆積物の層からなる地層、沿海部の不安定な土壌、地質構造。つまりは、きわめて軟弱で崩壊しやすい地質構造の地上に、緻密な設計によるとはいえ、底面積(断面形状)に比べて著しく大きな高さのか細い塔がそそり立つ。
この不安定なタウワリングを脆弱で軟弱な地質構造の上に打ち立てる。
土台も不安定なら、構造物としてもきわめて不安定。けれども、科学技術・建築工学上の安全性をクリアして構築されている。
どういう仕組みの上に、タウワリング(超高層建築)は成り立っているのか。