ウェールズの山 目次
「山と丘との違い」にこだわる
原題について
見どころ
あらすじ
山岳測量は軍の任務
閑職としての測量
戦争の酷い傷跡
戦争の酷い傷跡 続き
「山麓」の田舎町
物語の舞台の描き方
郷土の山への誇り
したたかなモーガン
測量結果
牧師の嘆き
モーガンの悪だくみ
頂上の嵩上げ大作戦
アンスンとベティ
降り続く雨
降り続く雨
安息日の大仕事
標高測量のやり直し
ウェイルズとイングランド
国名表記の奥深い問題性
征服による連合王国
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あらすじ

  第1次世界戦争末期の時代を背景として、「山と丘の違い」にこだわるウェイルズのある町の人びとの気風を描く、いかにもブリティッシュな映画。
  ヨーロッパでも日本でも山岳の地理学的調査は陸軍の任務だった。であるがゆえに、山(標高)の測量には、軍や戦争の問題と絡み合うことになる。
  ユニークな事件を扱っていて、多様な角度からの吟味が楽しめる物語だ。

  1917年、ウェイルズ南部のある集落でのできごと。陸軍測量隊による測量の結果、近隣住民たちが誇りにしてきた山フュノンガルウが、その標高が山の基準に足りないために丘に格下げされることになった。人びとは落胆した。
  ところが、酒場のおやじが「フュノンガルウの頂上に土を積み上げて、1000フィートの標高に嵩上げしよう」と言い出した。その意見は、町の方針になった。住民全員が参加した土運びが始まった。
  この作戦を成功させるためには、2人のイングランド人測量技師を町に引き留めておかなければならない。
  そこで悪だくみが得意なモーガンが活躍(暗躍)することになった。測量技師の車を故障させたり、鉄道の利用を妨げたり、女性を使ったり…。
  一方、技師のアンスンは村人の真剣な努力に協力しようとする。

山岳測量は軍の任務

  物語の展開からはちょっぴり外れたところから話を始めよう。
  ヨーロッパや日本などの諸国家では、20世紀前半までは、山岳地理の測量が陸軍の仕事だった――当然のことながら、島嶼や海底の位置と地形など海洋地形の測量は海軍の仕事だった。

  日本でも、今では国土地理院が日本領土内の地理・地形など地学に関する情報を総括管理しているが、第2次世界戦争直後までは山岳の地形や標高測量情報は陸軍測量部の独占業務だった。
  現代の登山家たちもまたどんな山に挑むときでも、その昔、陸軍測量部が作成した山岳地形図・地勢図をもとにした地図を頼りに登山コースを歩むことになる。
  登山が好きな人たちは高山に登ったときに目の前に見える切り立った峰や尾根を見て、「あんな険しい頂上まで地形や標高を誰が調査・探査したのだろう」と思ったこともあるだろう。その危険な山岳の地形が地図に記録されているのだから。

  そんなとき登山の先輩や先達者から、登山装備も乏しい明治時代や大正時代に、陸軍が山に登り分け入って測量したという事実を教えてもらうことになる。そして「よくもまあ」と感心するのだ。今でさえ、どうやったってコースがとれないような危険な山岳を、重荷の測量機材を背負って踏破したことに、目眩すら覚えるだろう。

  ではなぜ、そこまで陸軍は山岳地理の測量探査にこだわったのか。
  陸上の地勢や地形、山岳地理情報は、国家(領土)の軍事的防衛上、不可欠の条件だったからだ――というのが答えだ。
  とりわけ、多数の諸国家・政治体の地理的境界が地続きで、複雑な国境線によって仕切られているヨーロッパでは近代初期から、陸上の河川や山岳、平野などの地理条件は領土防衛上、決定的に重要な情報だった。
  歴史をさかのぼるほど輸送や通信手段の能力が限られるから、山岳や河川、渓谷、湖沼、森林などは、攻める側守る側いずれにとっても軍の運動を阻む自然の要害となっていて、戦時の活動や領土防衛で大きな役割を果たしていた。

  17世紀以降、近代諸国家が形成されていくにつれて、国家の補給線を確保し首都からより遠い地点に軍事的防衛の前線を配置することが陸軍の戦略的課題になった。そのためには、どのような防衛戦線プランを立案するかが、決定的に重要になる。
  そのためには、自国の防衛のためには、領土内の地理的環境条件を詳細に把握しなければならない。山岳や河川の状況をどのように防衛軍備の配置・配備に利用できるか、あるいは敵軍の進撃阻止のために利用できるか。どこに兵站線や防衛線を敷くか……。
  あるいは、領土を拡張するために、あるいは敵対国の資源や財貨を略奪するために、国境の向こうの地理的条件をどのように利用できるか。進撃路をどこに設けるか……。
  という意味では、山岳などの地理情報の探査・把握は、軍事組織の最重要な任務だった。
  それゆえ、19世紀までに近代国家形成を達成したところでは、山岳地理の測量調査は陸軍測量部門の任務と位置づけられることになった。

  さて、近代国家の法制度が整備されていくと、国家(中央政府)のさまざまな仕事は、きっちりとオーソライズされ、一般化=制度化されていく。つまりは、山岳測量の仕事が陸軍の任務として位置づけられると、まさか国土の防衛にさほどの意味はなかろうと思うようなちっぽけな山や丘の測量さえ、陸軍測量部の業務となる。
  そして、火山活動や地震、隆起・沈降などの変動によって何年か経てば、地形や標高は変化することもあろうから、一定の年限ごとに、陸軍測量部は山岳地理の測量をやり直して、地勢図や地形図の更正をおこなうことになる。
  こうして地形・地勢の学問としての地理学は人類の軍事活動と内的に結びつきながら発展してきた。今ではそこに、資源探査や輸送を担当する企業活動が割り込んでいる。

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