ところで、町からフュノンガルウの山頂への土運びは、1日中続いた。その日、住民たちの努力でなんと14フィートも土を盛り上げた。大きな成果だ。
ジョウンズ牧師は満足感に浸りながら「山」を下り始めた。だが、あのトーマス兄弟が「雨がやって来そうだな。ひどい雨になるだろうよ」と言い出した。牧師が夕日が沈みゆく西の空を見ると、晴れ渡っていて雲はわずかだった。
「何をばかな。この阿呆の兄弟は…」と言い捨てた。
けれどもジョウンズが教会のに到着する頃、雲行きは急激に怪しくなり、礼拝堂への階段を昇りかけたときには、厚い雲から大粒の雨が落ち始めた。
またたくまに豪雨になった。
モーガンはウィリアムに、フュノンガルウに積み上げた土が大雨で崩れる危険があるので、急いで雨避けシートで覆って保護するように指示した。
「だけど、シートがないぞ」とウィリアムが返答した。
モーガンは、「あの車にかけたシートを使え」と言った。
「そうすると、イングランド人の車が雨の被害を受けることになる」とウィリアムが反論すると、「構わんよ。さあ、急ぐんだ!」と追い立てた。
ウィリアムは砲弾恐怖症のジョウンズを連れてフュノンガルウに向かった。
ところが頂上に到着すると、雷雲が迫ってきていた。山頂付近には稲津が走り、雷鳴が轟然と轟いていた。戦場の砲撃にも似たその光景のなかで、砲弾恐怖症のジョウウンズは恐怖のあまり発作を起こして失神した。全身に痙攣が走り続けていた。
ウィリアムは、ただ独りでシートで盛り土を覆い終わると、ひどいショック状態のジョウンズを背負ってフュノンガルウを下り、モーガンの宿に駆け込んだ。
そのとき、ガラードとアンスンは、ベティ嬢に勧められて酒を楽しんでいた。
だが2人は、ウィリアムがジョウンズを担ぎ込んできたのを見ると急いで手当てを施した。ガラードはひどく震えているジョウンズに自分のジャケットをかけて冷えを防いだ。アンスンはブランディをジョウンズの口に含ませた。一方、ウィリアムは急いでジョウンズの姉ブロッドを呼びにいった。
宿に駆けつけたブロッドは、「弟に何をやらせたの」とモーガンを責めた。そしてベティ嬢を見ると、いかがわしい女と決めつけて攻撃の矛先を向けようとした。不要な対立を避けようとしたベティは、ブロッドに自分はイングランド人の連れだと言った。ブロッドはアンスンにその通りなのかと問いただした。
アンスンはベティの窮地を救うために「エリザベスは私たちの連れ」だと答えた。ベティは、アンスンに感謝の眼差しを送った。
翌日も大雨は降り続いた。その次の日も。
ガラードは痺れを切らして駅に行って、北部ウェイルズ行き列車は来ないのかと駅長を問い詰めた。
「この豪雨で線路が冠水して、北部行きは不通です」という答えが返って来た。たぶん嘘だろう。というのは、石炭運搬用の貨物列車は走っていたのだから。
この「矛盾」の辻褄合わせをしたのは、アンスンだった。
「ジョージ、北へ向かう列車と石炭用貨車とは路線が違うらしいよ」
北部への移動ができないと落胆したガラードは、その日の午後は酒浸りになってしまった。
というわけで、イングランド人技師2人はこんな調子で、土曜日の夜まで足止めを食らい続けた。
もっとも、アンスンは住民の味方をしながら、穏やかなこの町の暮らしを楽しんでいた。というのも、ベティ嬢とすっかり親密になったからだ。
「こんな田舎町は退屈でしょう。イングランドに戻りたくなったでしょう」とベティが尋ねたとき、アンスンは、「いや、ぼくは、ここがいたく気に入った。ここに暮らし続けてもいいと思うよ」と答えた。
このときには、アンスンはベティがじつはこの宿で働いていたメイドだったことを知っていた。彼女自身から打ち明けられていたからだ。
それでもアンスンは、ベティが好きになっていた。