その日の夕刻近く、ガラードとアンスンはフュノンガルウから宿屋に帰ってきた。その日の朝から始めた作業だった。
ところで、山の標高の測量は「三角法 triangulation 」でおこなう。つまり直角三角形の斜辺の仰角に照応する隣り合う2辺の比の関係を応用するわけだ。
まず、被測量地点との距離と正確な標高が既知である山頂やそのほかの目標物を使って、目標物との水平との視差の角度を測定する。これによって、直角三角形の斜辺を除く2辺の長さがわかる。
そこで、視差の角度によるタンジェントの比率を水平距離にかければ、目標物との垂直の実寸の差=標高差が算出できる。こうして、目標物の標高との差を算出して加減すれば、対象となっている地点の標高が求められる。
そのさい、水平とか目標物との視差角を測定する機器が「トランシット」である。
三脚の上に小型の望遠鏡を乗せた機械で、望遠鏡の中心部は上下に回転できる軸で支えられていて、望遠鏡の回転角度は軸に設置された分度盤で測られる。
トランシットは頑丈な鋼鉄製で、すごく重い。もちろん、三脚も重い。これを山岳の頂上まで運ぶのは、並大抵の苦労ではない。
こういう重い測量器具を含む荷物と、太り過ぎの測量技師を携えての作業は、たかだか300メートルほどの山とはいえ、骨の折れる仕事だった。丸1日がかりの仕事となった。
宿に帰ったアンスンは、住民たちから、とりわけ賭けでの儲けのかかったモーガンから、測量結果の値を教えてくれと声をかけられた。酒場のおやじは、郷土の誇りは誇りとして心のどこかにしまっておきながら、賭けで稼ぐという目標は目標でがっちり手にしようとしているようだ。
しかしアンスンは、フュノンガルウを誇りに思う住民たちの気持ちに薄々感ずいていた。相手の落胆を思いやるだけの感性と知性にあふれた優れた技師であるアンスンは、だいたいの概算でフュノンガルウの標高は「1000フィートよりも20フィートくらい低い」ということはわかっていたが、住民の落胆させる時を少しでも後に延ばそうとして、「あとで詳しく計算してから公表する」とお茶を濁して、部屋に引き揚げた。
その夜のうちに、アンスンによってフュノンガルウの標高の測量結果が公表された。980ヤード(約299メートル)で、「山」として公認されるには、20フィート(約6メートル)足りなかった。