映画の冒頭で描かれるのは、1981年のパリの国際赤十字とUNICEF(国連国際児童教育基金)が主催するチャリティ芸術祭の1こま。バレエダンサーのセルゲイ・イトヴィッチがステイジで踊る。流れる曲はレヴェルの「ボレロ」。エスパーニャ風3拍子の舞曲――ダンダダダダン…のリズムが長く長く繰り返される。
この場面は、この物語の終幕でもあって、そこで登場人物たちの人生が出会い収斂する。映画では、この場面にいたる経過が語られることになる。
そこから場面は1930年代後半に遡る。
人びとは誰も自分が生まれ育つ社会環境・やレジームを選ぶことはできない。それは生存競争の環境なのだ。適応に努めて生き延びるしかない。
この作品が描く物語の背景となっているヨーロッパやアメリカの歴史・時代状況の変遷、推移について知りたい人は⇒「物語のエポック」へ。
■1936年、モスクワ■
この年、ボルィショイ劇場ではバレエ団の次期プリマドンナ選考の最終審査がおこなわれた。最終選考まで残ったのは、2人。どちらも美しい娘。その1人が、タチアナだった。
審査員――超一流の芸術家としての評価を得ている面々――のなかで一番若い男が、魅入られたようにタチアナの踊る姿を見つめていた。
だが、プリマドンナに選ばれたのは、もう1人の娘だった。
気落ちしたタチアナは、ライヴァルを祝福したのち、ステイジを離れて観客席の後ろを回って、出口に向かった。そこに、先ほど審査員席にいたボリス・イトヴィッチが駆け寄ってきた。そして、タチアナに声をかけて、熱心に自己紹介をした。
まもなく2人は結婚した。
■1937年、パリ■
パリのある劇場。
フォリ・ベルジュール歌劇団がオペレッタ=ミュージカルを上演していた。劇団のオーケストラのなかには若い女性ヴァイオリニスト、アンヌがいた。主旋律のピアノの音に集中しながら、ジャズ風のメロディを奏でていた。
ところが、突然、ピアノのテンポが崩れ、直後にピアニストが倒れてしまった。ピアニストはもうかなりの高齢だった。
しばらくして、楽団のピアニストとしてひとりの青年が加わった。シモン・マイェールのピアノは颯爽とした演奏で、アンヌはヴァイオリンを弾きながら思わず見とれてしまった。演奏のたびに、彼はアンヌにアイコンタクトを送ってきた。
2人は恋に落ちて、まもなく結婚した。
■1938年、ベルリン■
この都市のある音楽堂では、新進気鋭の若手ピアニストのカール・クレーマーが独奏していた。見事な演奏だった。会場には、ヒトラーをはじめ国民社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の幹部が参列していた。
演奏会のあと、ヒトラーはクレーマーを大いに賞賛し、勲章を授与した。
20歳の青年は、ピアノの訓練に追われる日々を過ごしてきていて、ナチスを含めた政治の動きには無頓着だった。が、ヒトラーとの握手は、彼に強い感動を与えた。
■1939年、ニューヨーク■
ニューヨークの音楽ホールでは、ジャック・グレンが、彼が率いるジャズ楽団を指揮していた。このコンサートは、ラディオで連邦全域に放送されていた。軽快なスウィングを響かせながら、彼は、病院にいる妻に挨拶を送った。
彼の妻は、つい先日、その病院で男の子を出産したばかりだった。彼女は、ラディオから流れるスウィングとともに、夫のお祝いの声と愛の言葉に聞き入っていた。心地よいときが流れていた。
ところが、突然、アナウンサーが臨時ニュウズを発表した。
「ヨーロッパからの情報では、ドイツ軍がポーランドに侵略を開始しました。ポーランドと同盟を結んでいるブリテンとフランスは、ドイツに戦争宣言を発しました。ヨーロッパは戦争に突入しました」
ジャック・グレンは、戦争開始の報道に顔を曇らせたが、すぐ気を取り直して、演奏を続けた。なにしろ、一般のアメリカン人にとっては、ヨーロッパでの戦争は大西洋の彼方のできごとなのだから。