磯山香織は実に面白いキャラクターだ。
厳しく剣道を仕込まれているから礼節を重んじる態度が身についている。稽古でも試合でも戦い方は「まっすぐ」だ。自己規律が貫いている。
かと思えば、部活では、強くなるために先輩・後輩の序列にお構いなく勝負を挑み、容赦なく撃破し、叱咤激励する。そして剣道に絡む話題になると、「てめー」とか「冗談じゃねえ」という乱暴な口の利き方をする。
西荻早苗との手合わせでは、逃げ回る早苗をとことん追い詰めて、「お前がこんなに弱いはずはない。本気を出せ」と迫る。「あれは『まぐれ』だったのよ」と早苗が言っても聞かない。
「あんな素晴らしい面が『まぐれ』で決められるわけがない。あれが本当のお前なんだ!」
だが、勝敗を極めることを避ける早苗のスタイルでは、それは不可避だ。それでも香織は早苗を追い詰めて「本気」を引き出そうとする。そして、
「今日がだめなら、明日、明日がだめなら明後日……」と言い放つ。
香織は早苗を買いかぶっているのだろうか。それとも、あたかも面打ちの稽古のように神速で鮮やかな面を決めた早苗になかにある才能・資質を見抜いているのだろうか。
そんな磯山香織は、女子高のミニスカートにブレザーという制服姿で竹刀袋を携え、背筋を伸ばして歩いていく。凛然と武士道を極めようとする姿勢と、今風の女子高生の制服姿が何とも奇妙なコントラストだ。
もちろん、西荻早苗やほかの剣道部員たちも、可愛らしい制服姿に竹刀袋で通学している。
私のように60代の田舎おやじから見ると、実に不思議な姿だ。
さてある日、学校からの帰り道で香織は「一緒に稽古しよう」と早苗を自宅道場に誘った。早苗は興味津々でついて行った。
ところが剣道着に着替えた途端、香織は早苗に竹刀を手渡して、強引に勝負を挑んだ。しかし、圧倒的な実力差があると思っている早苗は、竹刀を構えもせず逃げ回る。
香織が躍起になるのは、部活の練習は手ぬるくて、「あんなんじゃ強くなれねえ!」と見ているからだ。だから、早苗の才能を開花させるために強引に稽古に付き合わせようというわけだ。
おりしもちょうどそこに道場主である香織の父親が現れ、香織を叱責した。
「戦う意思のない者に一方的に攻撃するような剣道を、私はお前に教えたか!?」
香織は言い訳のしようもなく頭を垂れた。すると、早苗が弁解して取りなした。
「私が稽古しようとお願いしたんですが、たまたまそんなふうになってしまって……。香織は悪くありません」
そういうことであれば、と父親は納得して立ち去った。
だが、夜の稽古では父親は「東松学園を全国優勝に導け!」と香織理にハッパをかけながら厳しい稽古をした。