私の見るところ、医療費問題は国家全体の経済的再生産の質を左右する問題だ。市民の多くが疾病予防や早期健康回復すらまともにできないような社会では、結局のところ、市民の政治的結集=凝集=連帯性が蝕まれて、国家の能力はしだいに衰退していくことになる。
それは、軍事力や金融能力の土台を掘り崩すだろう。つまりは、一番悲惨な形態での世界ヘゲモニーの喪失につながる。
たしかに、産業技術では空洞化しても、金融的能力での最優位が確保できれば、ブリテンの経験では、世界覇権は100年間くらいは持ち応えることができた。ブリテンは、すでに18世紀の終わりには工業技術での長期の衰退過程にはまり込んだという。
だが、パクスアメリカーナを支える軍事装置や財政装置は、パクスブリタニカの時代と比べて、けた違いに大規模で緻密になっている。要するに、かかるコストは飛躍的に巨額化した。いったん始まれば、恐ろしい財政危機が加速していく。
この危機には、中国やブラジル、インド、ロシアなどの新興諸国の危機とも深く連動するだろう。
しかも、世界経済全体では金融資産が膨張しすぎて、金融利潤を生み出すと実体産業が混乱・停滞するという悪循環の構造ができ上がり、超低金利状態が構造化している。つまり、金融資本の増殖によって富と権力を増幅させるメカニズムは機能不全となってしまった。
金融資本の増殖を野放しにすると、世界経済の深刻な危機が発生・持続するという構造になってしまった。
それゆえ、オバマ政権の医療保険改革の行方は、アメリカの覇権が維持できるか、いや、危機に陥った力量を再構築できるかという問題を左右することになはずだったが、どうやら危機を加速する方向になりそうだ。
日本も超高齢化と人口減少で医療保険も含めた社会保険制度船体の危機に突入しつつある。そもそも年間GDPの2.2倍以上の国家負債による財政危機は解決の見通しも成り立たない。
現在の政権党が、問題を直視できなかったことが、事態の深刻化を招いたことは疑いない。「小泉改革」は、それまで自民党が解決策を提示できなかった問題を、内容を解明することなく(解明すれば自民の覇権は崩壊するからか)、一気に政府の財政負担を放り捨てる方式だった。
で、自民党の支持基盤をいったんすっかり解体してしまった。「自民党を解体する」のではなく、市民生活の基盤とともに自民の支持基盤を破壊してしまった。
安倍政権は、歴代自民党政権の責任を隠蔽しながら彌縫策を弄しているが、財政再建の道は見つからない。GDP増大路線を打ち出したが、肝心なその根拠が見当たらない。
アメリカの医療保険改革の――失敗しつつある――実験を「対岸の火事」として高みの見物しているわけにもいかないようだ。私たちの尻にも火がついているのだ。
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