患者を何よりも大切にし、治療に専念する優秀な医師と末期癌に冒された彼の患者の物語。医師は治療が仕事だが、どれほど患者を大事にしても、死を目前にした患者の心を理解するのはかなり困難だ。
ところが、その医師が自ら危険な病気にかかった。苦悩してみて、はじめて患者の立場や心情に近づくことができることもある(1991年作品)。
原題は The Doctor 。定冠詞 the があるので、「医者というもの、医師という職業、医師としての立場、医師たるべきもの」というようなニュアンスになるのかもしれない。
物語の内容はかなり脚色されているが、原作は Edward Rosenbaum, A Taste Of My Own Medicine, 1988 (エドワード・ローゼンバウム『自分自身が飲む薬の味』(「いざ自分が危険な病気の治療を受ける身になったときの経験」というほどの意味合い)、1988年間。なお映画がヒットしたのちに The Doctor のタイトルでペイパーバック版で再販され、ベストセラーになった。
物語は、ローゼンバウム自身が咽喉癌にかかって早期に発見され治療を受けることになったときの体験をもとにしたもの。医師と患者の立場の違いやその心の交流を描いている。
見どころ:
ウィリアム・ハートの知的で自己抑制のきいた演技が大好きという、私の好みで選んだ作品。目を引くアクションもなければ、事件もない、アメリカのある都市の大病院のなかでのできごとを描く映画。
20年ほど前から日本の医療でも「インフォームド・コンセント」という制度というか風習文化が定着してきた。アメリカの先進例のあとを追うこと、10年以上も遅れて。だが、そのアメリカでも、医師と患者、あるいは病院制度と患者との距離、溝はかなり深かったようだ。
というよりも、アメリカでは、利潤本位の民間保険会社が組織した「医療保険制度」が、(金持ち以外の)一般患者を良質な医療から遠ざけ隔てている。
医療(保険)制度や大病院は、制度の運営維持とか経営の安全という論理を、一人ひとりの生命と健康を守るという課題よりも優先させる場合が多い。だが、医師として専門知識や技術を持つ人間が、個人として、病気に悩む別の個人にかかわり、手助けしようとするさいの眼差しや心がけの大切さを置き忘れてはならない。この単純だが、きわめて困難なテーマを取り上げている。
この作品では、1個の人間、ひとりの市民としての医師が、〈病魔に侵されて衰弱し、消耗し、不安に陥っている患者〉にどのように接するのか、病院の運営はどのようにあるべきか、を静かに問いかける物語が描かれている。健康のために、人命を救うために病院という医療経営体に所属して医療を施す立場の医師。だが、病気にかかることもあれば、病状や家族関係に悩む1人の個人でしかないことを、語りかけてくる物語だ。
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