この記事に関しては、このサイトで取り上げている映画作品『ミッシング』に関する記事を参照されたい。
■『ミッシング』の背景にある地政学■
1973年、南アメリカのチリで、ピノチェト将軍が率いる軍部がクーデタを起こして、アジェンデ政権を倒して軍事独裁体制を敷いた。この事件と市民たちの恐怖については、『ミッシング』の記事で述べたとおりだ。そして、ピノチェトと軍部の背後にはアメリカ軍――ペンタゴンとCIA――が周到で執拗な支援体制を構築していたことも、そこで指摘したおいた。
映画《ミッシング》は、ピノチェトとチリ軍部を直接に支援していたのがアメリカ海軍であって、これを海軍情報部とCIAが援護(側面支援)していたことを的確に描き出している。
ということは、ペンタゴンのうちでも海軍がチリの政治状況について密接な――つまり切実な――利害関心を抱いていたということになる。陸軍やCIA本体ではなく、海軍そのものがピノチェトのクーデタを執拗に支援――もっと露骨にいえば、指揮――していたのだ。
ではなぜ、アメリカ海軍はチリの政治構造にそれほど強く執拗な利害関心を持っていたのだろうか。
地球儀または世界地図でチリの位置(配置)と形状を眺めてみよう。
南アメリカ大陸の太平洋に面しておそろしく長く複雑な海岸線を有する国土である。ペルーの南端から南極大陸まで、太平洋に面する領土を直線で測っただけでも、優に5000キロメートルもある。つまり太平洋東部の南半球側において、圧倒的な位置づけの防衛線を保持しているわけだ。
そこで、当時の南アメリカ大陸の政治的・軍事的状況を想起してみよう。
「冷戦構造」の真っただ中である。合衆国は南アメリカ大陸へのソ連や左翼勢力の浸透や影響力を極度に警戒していた。というのも、太平洋の反対側では、ヴェトナム戦争が泥沼化して、アメリカは混乱を最小限度に抑えながらどうやって撤退・撤収するかを必死に模索していたからだ。
ヴェトナム・インドシナまでは、ドミノ倒しの津波が襲ってきた。アジアでは、ドミノ倒しはそこまでにして、何としても社会主義や左翼の進出を抑えなければならない。
当時のアメリカ軍部と右派勢力は、冷戦のなかで「ドミノ理論」を提示して社会主義や左翼政権との力の対決を正当化し、鼓舞していた。世界的規模でのソ連との政治的・イデオロギー的対抗のなかで、1つの局地でレジームの「社会主義革命」が成功すれば、その傾向が連鎖飛び火して、世界各地に次々に社会主義的レジームが出現することになる。
ドミノ倒しのような左翼政権の増加を防ぐため、危機に陥った場所には軍事力を集中的に投入して「一国的ないし局地的熱戦」を発動して、左翼の伸長跋扈を挫かなけれなばらない。というのが「ドミノ理論」だ。「熱戦」というのは兵器や兵員を投入しての戦争という意味で、全地球的規模での「冷戦」への対比での表現。