ゴールィキーパーク 目次
政治体制と職業意識
原題について
見どころ
あらすじ
旧ソ連での刑事政策(犯罪理論)の変遷
  古典的刑法理論
  マルクシズムからの批判
  ソ連の古典的犯罪理論
  抑圧体制と政治犯罪
公園の惨殺死体
捜査線上に浮かんだ面々
検死解剖
女性の顔面の修復
事件捜査への闖入者
イリーナとアルカーディ
3人の被害者
ゴロドキンの悲劇
イリーナの危機
闇のネットワーク
最終決着
  
◆ゴールィキーパークへのオマージュ◆
◆旧ソ連社会の構造を探る◆
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政治体制と職業意識プロフェショナリズム

  旧ソ連の抑圧的なレジームと腐朽した党=官僚権力のもとでも、数多くのすぐれた芸術家(とくに音楽家)や科学者、文学者が輩出し続けたこと、そして彼らが生み出した作品・業績の水準がきわめて高かったことは、私にとっては大きな驚きだ。
  いや、どんな政治体制の社会でも人びとの生活があり、彼らの人間としてのノーマルな日常生活の要求にこたえようとする職業や仕事はある、ということなのだろう。
  ある国家の政治体制や秩序、イデオロギーを云々し批判するのは容易なことだが、その批判にさいして忘れてはならないのは、そこにも人びとのかけがえのない人生、日々の生活があり、独自の文化が機能しているということだろう。
  今回は、旧ソ連時代、ある警察官のプロフェショナリズムや人としての誠実さや人としての苦悩を描いた秀作を取り上げる。『ゴールィキーパーク』は1983年作品。

原題と原作について

  原題は Gorky Park (ゴールィキー公園)。
  原作は Martin Cruz Smith, Gorky Prak, 1981(マーティン・クルーズ・スミス著『ゴールィキーパーク』、1981年刊)。旧ソ連社会に生きる一般市民・民衆の視点から描かれた警察小説で、アングロ=アメリカンのミステリ界で80年代最高の傑作と評価された。
  アメリカの作家によるアメリカの作品ながら、英国におけるミステリーの頂点、「CWA(英国推理作家協会)賞」の一部門であるゴールド・ダガー賞(最優秀長編賞)を1981年に受賞している。
  警察小説は、舞台となる国家や社会のレジームがどうあれ、国家や地方政府の権力装置としての警察組織や警察官個人、犯罪捜査の過程を描きながら、その社会の権力構造の理不尽さや社会の病理、社会心理のありようを解剖してみせる文学ジャンルだなのだ。

見どころ
  旧ソ連時代、共産党支配のノメンクラトゥーラのもとでは、人びとは絶えず権力システムへの従順を求められていた。それは、警察や軍などの権力装置のなかで仕事をする人びとにとっても同じだった。
  主人公の警察官――刑事、アルカーディ・レンコ――は、この権力システムに反発し強い嫌悪感を抱いているものの、さりとて日常生活や勤務の惰性に流されそうになりながらも、「自分らしく」生きようとする。反逆心というよりは、捜査官として真摯でありたい、誠実でありたいという願いが、その姿勢を保ち続けさせる原動力になっているように見える。矜持と自己抑制。
  ウィリアム・ハートの知的で抑えた演技が光る。
  アルカージィの奮闘から浮かび上がるのは、旧ソ連の抑圧構造のもとで呻吟する人びとの苦悩であり、ささやかな生活である。そんなレジームのもとでも必死に生きようとする人びと、あるいは自由を求めて逃避しようとする人びとの姿を描くのが、この作品。

  ソ連のレジームのもとでも、西欧やアメリカ社会の市民と同じような感性や個性をもつ人びとはいるだろう。そこで、もしそこに、国家や共産党の権威や官僚機構の序列になびくよりも、犯罪事件の背後に潜む真実を追及することに「生きがい」やより大きな価値を認める個人がいたら、そして、彼が捜査官としてすぐれた嗅覚・資質をもっていたら、どのように考え行動するか。
  そんな問題関心(状況設定)に沿って構想された物語が、この映画作品であり、原作ではないだろうか。

  彼は住み慣れたモスクワという街、そして人びとの生活に強い愛着を抱いている。だが、党や国家の権威や権力を無条件に受容することには、「ためらい」や「嫌悪」を感じている。警察という権力=司法機構に属しながらも、彼は一般庶民、それも当局の圧迫を受ける立場の弱い民衆の苦悩に共感する。
  そんな個人であってみれば、その人はどのように考え行動するか。
  そんな問いかけが、静かに心に浸透してくる傑作。
  なお、アルカーディ・レンコは英語風発音で、ロシア語では「アルカーヂィ・リェンコ」となるのかもしれない。同様に題名は英語風発音では「ゴールキー」となっているが、ここでは「ゴールィキー」と表記する。

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