ワシントンからニューヨークに向かう列車のなかで、ベンは幻覚に襲われた。拳銃で眉間を撃ち抜かれた人の顔。戦場となったクウェイトで偵察行動で道案内のために雇った男の顔だった。彼は銃撃のなかで殺された。そういう混濁した記憶と幻覚が目の前に出現したのだ。
ふとわれに返ると、目の前の座席に黒人女性がいた。ベンがしょっちゅう買い物に行く雑貨店の店員で、ユージェネー・ロウジーという名前だという。
じつは、彼女はFBIの捜査官で、副大統領候補となったレイモンドに近づきそうな不審人物としてベンを監視する役割を担っているのだ。
ベンはニューヨークでの滞在場所がなかったので、結局、ユージェネーの誘いに応じて、彼女の姉の住居(ということになっているアパートメントの部屋)に滞在することになった。幻覚に襲われてひどい精神的ストレスを感じたベン・マルコは、その住居でシャウワーを浴びさせてもらうことにしたのだ。
シャウワーを浴びていると、左肩甲骨の上部に違和感を感じた。シャウワー室の鏡に映してみると、そこの皮膚の下に何かが埋め込まれている。ベンは小型ナイフを使って、どうにかその異物を抉り出した。
直径3ミリ、長さが8ミリ程度の微小なアレイ状の金属片だった。ところが、ベンを心配したユージェネーが声をかけてきたので、その金属片を洗面台の排水口に落としてしまった。その様子をユージェネーは驚いて見ていた。
ベンは、彼女に「あれが肩の下側に埋め込まれていて、記憶や意識をコントロールしている」と告げた。が、彼女はにわかに信じられなかった。
そのあと、ベンはデルプ博士の研究室に行って、自分の身体の皮膚の下に小さなな金属片が埋め込まれていたことを話した。デルプは、それは陸軍は秘密裏に開発したID情報管理のためのチップではないかという推測を話した。
そのチップには、兵士の血液型や体質・病歴、アレルギー反応検査の結果などの情報が書き込まれていて、兵士が戦場で傷病を受けた場合の最適な治療を可能にするという目的で開発され、実用化されたのだろう、と。
ベンは、「だが、私はそんなチップを埋め込まれた記憶はないし、そもそもそんな処置について同意した覚えがない」と反論した。それに対してデルプは、埋め込みはほんの数秒で終わるもので、出発前の健康診断とか予防注射のときに、誰にも知られずに実行可能だと返答した。そして、「湾岸戦争に派遣された兵士全員に処置されたはずだ」と語った。
ベンは、それなら、そのチップによって兵士の意識や感情、意思や行動さえコントロールできるのだろう、と判断した。彼自身もアルもレイモンドも、そのチップによって記憶や感情、行動を操作されたはずだ、と。それが、自分の実感とか感情とは別個の記憶を脳に刷り込んだのだ、と。