アメリカ合衆国の大統領府が――それ自体強い自立性をもちながらも――軍産複合体の政治的中枢の一角をなしていることは、つとに指摘されていることだ。財界と大統領府との結びつきは、かなりオープンだ。とはいえ、民主主義のリーダーを傲岸不遜に標榜する大統領府が巨大資本コングロマリット集団の利害との直接の癒着をあからさまに見せつけるわけにもいかない。
そこで巨大資本群との利害の結びつきは周到に隠されることになる。だが、ときとしてメッキが剥げ落ちることがある。まして、その利害癒着が殺人事件などの犯罪と結びついている場合にはどうなるか。そして、その秘密を知ってしまった市民はどうなるか。そういう問題意識で大統領府の謀略によって追いつめられ抹殺されようとする市民の抵抗を描いた物語が『ペリカン文書』だ。
アメリカ最高裁の2人の判事がほぼ同時に暗殺された。その少し前に、ルイジアナの環境保護派の弁護士が殺されていた。3つの事件は、一見何の関係もないように見えた。だが、ある法科大学院生が3つの事件を結びつける仮説を立てた。ある大手石油企業が、海辺の湿原の開発をめぐる訴訟で上訴審で勝つために仕組んだ陰謀だというのだ。
この企業は、再選をめざす現職大統領の有力支援者だったことから、大統領府を巻き込んだ暗闘に発展していく。1993年作品
原題は The Pelican Brief (ペリカン事件の概要書)。原作は、 John Grisham, The Pelican Brief, 1992 (ジョン・グリシャム著『ペリカン事件の概要書』、1992年刊)。ブリーフとは、物語や企業戦略などのプロットを簡潔に概括した文書のことだが、ここでは裁判や訴訟提起のための摘要をまとめた文書を意味すると思われる。
ここでの概要書とは、ある法科大学院の女性院生が、訴訟案件の状況を想定した概要書として、最近起きた最高裁判事死亡事件をもとにその背景にあると想像される架空の物語を描いたもの。
死亡した判事たちは、産油開発計画が進められているカリブ海沿岸地帯で市民たちによって提起された開発差し止め訴訟事件を扱っていた。訴訟団の住民たちは、渡り鳥ペリカンの営巣地の環境保護を訴えていたことから、メディアは「ペリカン訴訟事件」というヘッドラインを掲げて報道した。
そのため、女性の大学院生が作成した文書は、関係者のあいだで「ペリカン概要書」というニックネイムをつけられた。
見どころ
合衆国では、企業や団体の特殊な利害を連邦議会や大統領府の政策や立法に反映させるロビイズムが、公然たる産業になっている。ロビイズム=ロビー活動とは、とりわけワシントンDCに本拠を置く政治活動の専門家が窓口となって、政府や議会に働きかけをおこなう仕組みのこと。
大統領や有力議員は、自分たちの支持基盤ないし支援組織として、むしろ積極的に(ロビイストたちが利益を代表する)団体・組織、企業・業界などを抱え込もうとする。選挙運動のための組織や大量の票、そしてもちろん巨額の資金を獲得するためにだ。
他方で、企業や団体・業界組織は、自分たちの利害や価値観を連邦国家の政策に押し込もうとして、資金や組織力を餌にして、政治家たちを釣り上げようとする。
アメリカでは大統領選挙などの選挙制度が産業化され営利ビスネスとして展開されているのだ。大統領や議会制が絡みあう政治は、完全に営利事業となっているわけだ。
だが、ワシントンのしかるべき筋にアクセスする政治的力量や資金、組織力をもつことができない一般庶民やマイノリティは、政治的競争のなかで割を食い、端っこに追いやられていってしまう。
この映画は、環境保護派の反対を押し切って、臨海湿地の油田開発を強行しようとする大企業が、大統領への巨額の資金援助をテコにして、大統領府を動かそうとする策謀を描いている。
| 次のページへ |