世界各地の戦乱の地で投入される傭兵たち。シャノンはそのなかでも、高い戦闘能力や指揮能力をを評価される優秀な兵士の1人だ。
高い収入の割りには、地味でストイックな生活スタイルを頑なに守っていた。
あるとき、巨大な金属採鉱会社グループの投資顧問から、西アフリカの小国のクーデタのための偵察と軍事活動を依頼された。潤沢な資金と高額の報酬を提示された。
あまり気乗りせず仕事を引き受けるか迷ったシャノンは、生物学研究者を装ってザンガロに偵察に出かけた。
その国は、冷酷で傲岸な独裁者が政治と軍を壟断していた。民衆は徹底的に抑圧され、絶望的な貧困と飢餓に苦しんでいた。シャノンは民衆の悲惨な現実を目にした。
ところが、シャノンは軍に捕らえられて投獄され残酷な拷問を受けた。現地で撮影取材をするためアメリカから来ていた映画スタッフのおかげで、釈放され出国することができた。
民衆の悲惨な状態に同情し、ザンガロの独裁者と軍部に対して強い憤り抱いたシャノンは、多国籍企業からのオファーを受けることにした。そして傭兵仲間を募って、独裁政権を倒すためにザンガロに密かに侵入した。
スポンサーとなった先進国企業は、ザンガロの民衆に同情しているわけではなかった。現在の大統領=政権が、その企業に権益・利権を割り当てようとしないから除去しようと望んでいたのだ。
ところが、ザンガロでのクーデタは、スポンサーの多国籍資本の思惑どおりには終わらなかった。シャノンは、現地の独裁政権と同じくらいに、先進国多国籍企業の横暴にも辟易していたのだ。
シャノンは、大統領府を征圧すると、スポンサーが新たな大統領として送り込んだ人物を殺害して、キンバ打倒の運動の指導者だったオコーヤ医師を臨時大統領に据えた。彼は、先進国企業の傀儡ではなく、民衆の解放や救済をめざしていたからだ。
そこで映画は終わる。
とはいえ、それは、外部から侵入した傭兵隊長が非常措置としておこなった政変であって、オコーヤが指導する政府が政権としてまともに成立し、民主化を実現し、共和国を再建できるかどうかは未知数だ。民衆にとって、独裁者の突然の消滅は国内の運動による政変ではなく、外的な事情による突発的な事件でしかないから。
こういう政変の場合、冷戦レジーム時代には、英米政府は自国企業の資源支配への動きを支援し、それに都合のよい政権を据えようとし、他方で追い詰められたアフリカの独裁者はソ連陣営にすがりつくことになった。
アメリカもソ連も「自由」とか「民主主義」、「人民の権利」とかのスローガンを掲げながら、自分たちの側に都合のよい(唾棄すべき)独裁者を政権の座に置こうとしていた。
東西両陣営が互いに正義を振りかざす冷戦の最前線での実態は、こういうものが多かった。
この原作は、エンターテインメントをともなう真摯な問題提起だといえる。