第8章 中間総括と展望
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すでに見たように、中世晩期から近代初期――12世紀から14世紀――にかけて商業資本の遠距離交易における運動形態は歴史的に変動してきた。この変化を要約すると、商人自身による遍歴商業から特定都市に経営本部を置いた多角的な遠距離貿易への変化ということになる。この変化は、貿易ネットワークの規模や貿易量の飛躍的拡大をともなっていた。これには、都市の存在構造と交易形態の変化、商品・貨幣の流通形態の変化、したがってまた商業資本の蓄積様式の変化と商業資本の権力の構造転換がともなっていた。それは、商人層の都市への定住から始まった。
この過程は、一方で商人の経営形態や経営組織の構造変革をもたらすと同時に、他方で都市の権力構造と統治構造の転換を導くことになった。この意味では、遠距離商人の都市への定住、彼らの経営形態の転換、都市統治権力の変動などの一連の変動が起こった時期が、商業資本(都市)の存在構造と運動形態の歴史的な転換期になりそうだ。
それまでは遍歴という形態で遠距離貿易を営んでいた商人たちが都市に定住するようになると、やがてその都市内に固定した経営の本拠を設けるようになった。経営手法と経営組織の変革は、遠距離貿易をより大規模かつ系統的に組織化し、より大きな利潤を獲得し蓄積することを可能にし、こうして形成した巨大な資産を基盤にして商人が都市統治の最も主要な担い手として成長することになった。この過程をつうじて、富裕商人階級は資本主義的経営様式の担い手として立ち現れ、《固有の意味での商業資本》の人格的表現姿態となったということができる。
中世初期から、商業と製造業の経営は、在地の支配者による特許ないし保護の付与を条件とする――それゆえまた身分秩序と結びついた――特権的な経済活動だった。ゆえに、早くから商人やその団体は特権をつうじて在地支配者と結びついていた。つまり、商工業は政治的=軍事的権力と結びついて成長してきたのだ。しかも、その特権は身分と結びついていたものであることから、商業特権はまた身分団体に属する属人的な権利だった。
商人団体は、賦課金や税の上納と引き換えに君侯や有力領主層からの通商特権および行財政上の特権を獲得していたが、富裕商人が都市団体を組織化するようになると、その賦課金や税はきわめて巨額になり、また特権の内容と規模が拡大していくことになった。そして、統治権力と商人との関係をめぐる決定的な歴史的転換は、王や君侯が域内出自の商人団体を優遇して特権を付与し、さらに彼らの域内での排他的な独占を促進するようになった時期に訪れた。
フェルナン・ブローデルが指摘するように、都市支配型の経済から領域国家支配型の経済への転換が始まり、王や君侯が保持する政治権力と軍事力は個々の都市団体や商人団体の軍事力を凌ぐようになった。戦争の最も主要な担い手も、商人や都市から領域国家すなわち王権国家や君侯権力に変わっていった。
さて、商人が仲間団体を組みながら自ら商品を携えて遍歴し、諸都市の大市などを巡回していた段階では、商品取引きとこれにともなう貨幣流通ないし決済をめぐる信用の動きは、商人自身の動きや諸都市のあいだの市の周期的な循環パターンに付随していた。ところが、特定の諸都市に本拠や支店(受託代理人)を固定して多角的に遠隔地間の商品取引きを指揮統制するようになると、商品と貨幣の流通量ならびに信用の規模は当然に膨張し、またそれらは広域的な拠点のあいだを時間的なズレをともなって運動するようになる。それは商品の引渡しや交換と決済との時間的・空間的分離を意味する。
すると、商人自らの本店や支店、あるいは取引相手とのあいだで、信用状や為替手形などが頻繁に行き交うようになる。貨幣と信用の運動の空間的広がりが拡大し、また時間的なズレが大きくなっていく。つまり、商品を仕入れてから、航路や陸路の長距離の旅と輸送を経てはじめて商品は販売され代金が支払われるようになる。
それまでは商品価値は実現されないから、よほどに蓄えのある飛びぬけた大商人を除けば、その期間の経営活動をまかなう経費も必要だから、代金の支払いを先に伸ばさなければならない。つまり、通常の商人取引きならば、取引先からの信用貸しを受けるか、金融商人から借り入れる必要がある。あるいは、信用状や為替手形の交換ないし割引きによる決済支払いが頻繁になり、制度として定着していくことになった。
こうして、遠距離・大規模の貿易には、信用交換取引きや金融市場の発達が不可分なものとして随伴することになった。融資や貨幣取引きを専門業務とする商人が出現する。そうなれば、商人たちだけでなく、有力な君侯や領主もまた、支配地や所領からの収益とか税収を担保にして財政資金を商人から借り入れることになる。おりしも君侯・領主層は、生き残り競争や領域国家形成のために、つまり戦争や統治機関の拡充のために巨額の財政資金が必要になっていた。
商人たちのあいだでは、貨幣の運動は、つまり貨幣運用はその空間的・時間的移動にともなって必ず利子や利潤を生み出すものとして意識され、この利子生み資本の観念は彼らの
inter-subjective actions をつうじて共同主観となり商品交換社会全体にわたって制度化されていく。
また多数の異なる通貨圏を横断する商品交換・商品流通・貨幣流通および信用の取引き――資金調達や高利貸しを含む金融制度――は、複雑な通貨と貴金属の交換・変換(両替や為替相場)のメカニズムを発達させた。その結果、この交換・変換そのものから利潤を引き出す業務が成長した。そこに、商品先物取引きへの投資や君侯・領主への借款などという投機市場が生まれていくことにもなる。つまり、金融市場の出現と成長である。
金融市場の出現とともに、資本蓄積の速度と規模はけた違いに増大した。この動きは、北イタリアではすでに11世紀から始まっていた。資本蓄積の加速化は、商人たちや諸都市のあいだの競争や権益争奪の激しさを一挙に増幅することになった。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成