アミスタッド 目次
原題と原作について
見どころ
あらすじ
洋上の反乱
大西洋にまたがる利害紛争
大統領と奴隷制廃止論者
・・・欲の突っ張り合い
ジョン・アダムズ
法廷闘争の開始
アフリカ人の「物語」
言葉・・・
通訳係の獲得
奴隷貿易の歴史
密貿易
暴かれた奴隷貿易
合衆国内の権力闘争
ロジャーとクインシー
クインシーとセンベ
クインシーのチャレンジ
重い結末
映画が問いかけるもの
アメリカ独立革命と南北戦争

クインシーとセンベ

  合衆国の司法制度に深い不信感を抱いたセンベをロジャーはうまく説得できなかった。そんなところに、クインシーが現れた。彼はセンベと面談しようとした。だが、拘置所の看守は前大統領を檻のなかに入れるのをためらった。しかし、クインシーは押し切って、センベの監房に入った。
  クインシーはセンベに、共和政の仕組みを説明した。
  国のチーフはたびたび交代すること。裁判にはいくつもの段階=審級があることを。だが、センベは納得しなかった。部族社会と共和政の連邦国家とは、次元の異なる存在だから、無理はない。
  次にクインシーは、今度の裁判の状況が非常に厳しいことを語った。そして、これまでのセンベの勇気と忍耐力、知性に深く感動した、と。だが、この国の裁判では、正しいことが正しいと認められない場合があり、その状況を打開するためにはこれまで以上の知恵と勇気が必党なのだ、と。
  クインシーはセンベに、困難に直面して、英知と勇気が必要になったときどうすればいいかを尋ねた。センベは、自分たちの生命を生み出した「祖先の魂」に語りかけて対話すると答えた。そうすれば、祖先の魂は必ず正しい道を教えてくれる、と。
  そのとき、クインシーの脳裏に最終弁論の作戦が閃いた。「そうか、祖先か。つまりは、建国の父祖たちの理想=精神に立ち戻ろう」と。
  クインシーは監房を出るときに、ふたたびセンベの英知を称賛した。
  連邦最高裁では、新たな事実認定はおこなわない。すでに確認された事実のいずれに優越する価値を与えるか、どの見方に最優位を与えるかが審理される。そうなると、価値観や思想の対立点がより鮮明に現れることになる。
  最高裁の判事たちにも、連邦内での奴隷制をめぐる価値判断の相克が強い影響をおよぼしている。とりわけ、奴隷制維持論者からの圧力が。そして、判事の9分の7が現に奴隷を保有して農業企業経営をおこない、その富が彼らの権力の礎のひとつになっているのだ。
  クインシーは、そんな彼らの価値判断を奴隷制の否定ないし正当性への強い疑念へと動かさなければならない。

クインシーのチャレンジ

  最終弁論にさいして、クインシーは判事全員にチャレンジを突きつけた。
  チャレンジとは、「相手に課題を突きつける」「解決と判断を迫る」という意味である。
  彼は、州裁判所までのロジャー・ボールドウィンの弁論は完璧で、事件自体の弁論としては、つけ加えることは何もない、と述べた。しかしながら、この事件のアメリカ合衆国にとっての政治的・歴史的意味に関して、鋭い問いかけを提起した。
  事件そのものはきわめて単純で明快な性質のものだ。だが、合衆国全体に加えエスパーニャをも巻き込んだ政治的文脈において、事件がまるで「奴隷」のように鞭打たれ、鼻面を引き回されて、混迷の淵に投げ入れられている。そして、ヴァン・ビューレン大統領は、南部諸州の反乱=内戦の威嚇に恐れをなして、明快で単純な結論にいたる道を恐れている。
  彼が望むアメリカの司法とは何か。
  それは、合衆国国務長官あてのイサベル女王の手紙にあるとおり、権力者であればそれが(女王イサベルのように)11歳の少女でさえ、おもちゃの人形のように恣意的に扱うことができる司法にほかならない。それは、アメリカが求める司法なのか。
「そんなものでしかないなら…」と言ってクインシーは、法廷の壁面に掲げてある「合衆国独立宣言」のところまでいって、指さした。
  そして、「人間は生得的に自由で平等である…自由のために戦う権利がある」とういう文言は、またくの空文、絵空事でしかない」と続けた。
  そんなことでいいのか、というわけだ。クインシーは続ける。 「…もし、センベ=シンケが白人でイングランドへの隷属の鎖を断ち切るために反乱を起こしたのなら、彼は英雄として賞賛され、物語の主人公として描かれ、公教育で子どもたちに英雄として教えられるに違いない。
  ところが、同じ屈従を拒み自由を求める闘いに立ちあがったのに、今の彼は生死の判決を待っているではないか。
  先日、センベと面会したときに、困難に直面し判断に迷うときにはどうするか、と尋ねた。すると彼は、祖先の魂(精神)を呼び起こして対話する、と答えた」
  クインシーは独立宣言の下に並んだ「建国の父祖( founding fathers )の塑像に近寄った。トーマス・ジェファースン、ジョージ・ワシントン…そして、ジョン・アダムズの胸像の傍らを歩きながら、訴えた。 「独立宣言と建国の父祖たちの精神に立ち戻ることを、(独り立ちできない)自分たちの弱さと考えてはならない。この原点に立ち戻って、この問題を判断しなければならない。
  今われわれが直面しているのは、建国の父たちが始めた独立闘争の最後の局面なのである。この闘争を戦い抜き勝利するために内戦が必要なら、内戦よ来たれ!…」
  渾身の論陣だった。
  かつて辣腕の大統領だったクインシー・アダムズが突きつけた挑戦だった。クインシーは、権力を持つ者ほど、権威に弱いことを利用した。離任後も「ミスター・プレジデント」という敬称を奉られる自分のパースナリティを利用した。
  なかなかしたたかな政治家であり、タヌキである。しかも、頭抜けた雄弁家である。
  9人の判事のうち、8人の圧倒的多数で「アフリカ人は無罪」の審判が下された。
  アミスタードのアフリカ人たちは、西アフリカから違法に拉致されてきた人びとであって、彼らを奴隷化しようとする抑圧や暴力に対して、自由のために闘う権利を有している。彼らをただちに解放するとともに、望む者たちは故郷西アフリカに送り返すものとする、という判決だった。

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