アミスタッド その３
洋上の反乱
1839年の秋。カリブ海のどこかで。物語は、激しい嵐の海でもまれるエスパーニャ王国籍の商船（武装したスクーナー）の船底で始まる。
船倉には、多数のアフリカ人奴隷が押し込まれていた。スクーナーの船首には、「ラ・アミスタード」という船名が表示されてた。
闇のなかで、屈強な黒人の若者（センベ・ニーエー）が必死に指を動かしていた。彼の指は、船倉の木材を留めている太い釘の周囲をまさぐっていた。もう何日も同じことをやっているらしい。嵐が運んできた大量の雨水が船底まで到達して、釘の周りの木材にしみ込み、亀裂を広げ柔らかくしていた。
若者の指は裂傷だらけで、血まみれだった。だが、彼は木材を引き剥がして釘を抜き取ろうとする作業をやめなかった。やがて、釘の周囲の木材が壊れて、釘を抜くことができるようになった。長さ10㎝ほどの四角錐の先が尖っている鉄製の釘だった。
若者は、その釘を自分の手足を拘束している鎖枷錠の鍵穴に入れて、ロックを外した。自由になった彼は、鎖につながれていたアフリカ人仲間の枷を次々に外していった。こうして、船倉のアフリカ人たちの身体は自由になった。
黒人たちは足音を忍ばせて船倉の銃や刀剣などの武器を奪い取った。武装したアフリカ人たちは、そっと甲板に上っていき、一斉に船乗りたちを襲い始めた。襲撃されたヨーロッパ人たちは追い詰められ、殺され、あるいは海に投げされていった。それでも、船尾で操舵輪を握っていた船長は、マスケット縄銃を手に取ると、襲いかっかってくる反乱奴隷を撃ち殺した。
マスケット銃は、火縄に代わって撃鉄で銃の薬室の火薬を爆発させて銃弾を発射させる銃身の長い銃で、銃口近くに短い刀剣がつけられていて、短槍の機能も兼ねていた。
だが、最初に枷を外した屈強な若者は銃を恐れずに接近すると、剣を奪うと船長の胸を突き刺し、そのまま甲板に串刺しにして殺した。勢いを得た反乱者たちは白人たちを殺して海に投げ込んでいった。ただし、航海士ともう１人の船員は、船の操舵のために殺さなかった。
その２人は、数時間前までとは逆に手足を鎖枷で拘束され、操舵所の近くに縛りつけられた。彼らは、舵輪を操縦する自由だけを与えられた。
反乱奴隷の指導者（２人）は、生き残った船乗りに「故郷に帰る。アフリカをめざせ」と命じた。
それから７週間、アフリカ人たちは場所もわからない洋上でさまよった。当分は船に積まれた食糧と飲料水で生き延びることができそうだった。だが、船を占拠してから１週間後の真夜中、彼らは、スクーナーに近づく聞きなれない音を聞き取った。
英語を話す人びとが乗った小型帆船が、舷側の近くを通り過ぎていった。船には男たちのほかに美しく着飾った女性たちがいて、室内楽団がセレナードを奏でていた。黒人たちは気づかなかったが、陸上での生活スタイルを再現できるような船遊びは、陸地にすぐ近くの沿岸でしかできないのだから、陸地はすぐ近くにあったはずだった。
だが、真夜中のこととて、黒人たちを乗せたスクーナーは、それまで航路どおりに進んでいった。
それから６週間、食糧も飲み水もなくなった。
ところが、冬のよく晴れた日で、近くに陸地の輪郭が見えた。船は左に舵を切って陸地に近づいた。少し沖で船を停泊させ、男たちは小舟で陸地にこぎ寄せた。水と食糧を手に入れるためだ。
たぶん、アメリカ北東部の岬か島だろう。小川が流れ込む池の水には薄氷が張っていた。センベたちは、綱を張った桶を池に投げ入れて樽に水を入れた。
ちょうどそのとき、停泊したスクーナーのすぐ横をアメリカ海軍のフリゲイト艦――外洋航海用で喫水線の低いスマートな高速帆船――が通過した。海軍士官や水兵たちは、スクーナーの甲板には黒人たちがいて、さらに手足を拘束された白人２人がいることを発見した。アメリカの軍艦は、遭遇した船舶には何か異常が発生したらしいことを察知し、小舟に偵察隊を乗せてスクーナーに接近した。
一方、陸地にいたアフリカ人たちは、星条旗をはためかせた軍艦が接近したことを知り、急いでスクーナーに引き返そうとした。だが、武装偵察隊を乗せた小舟によって、行く手を阻まれてしまった。センベはただ１人、小船から海に飛び込んで逃げようとしたが、訓練された水兵たちによって捕えられてしまった。
ロングアイランド沖でのことだった。
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