タッパンとジョウドスンの2人は、この先、熾烈な法廷闘争が繰り広げられそうな雲行きを見て、合衆国全体での影響力を持つ人物を自分たちの法律顧問にしようと考えた。先代の大統領、ジョン・クインシー・アダムズを。
理想家肌で辣腕の大統領だったクインシーは、今やすっかり年老いてしまっていた。今日も代表院(下院)議会で、自分が提出した法案が攻撃されているのに、居眠りをしていた(振りかもしれない)。彼は元老院にも議席を持っていたのだが、よる年並みの疲労は深かったのだろう。
批判を浴びている法案とは、富裕な大企業家スミッソンから寄贈された資産(歴史、科学、自然史などの貴重な資料)を連邦国家の所有・管理権のもとに置いて、国家資産( national treasure )として保護しようと提案するものだった。のちに、スミソニアン博物館の文物となる「宝の山」の所有権と管理権をめぐる問題だった。まさしく、クインシーは慧眼である。
反対派議員の攻撃には、居眠りをする呆けた老人の振りをして無視を決め込み、最後に辛辣な罵詈を投げつけてへこませるというのが、彼の戦術だった。
議会の審議が終わると、彼のもとに秘書がやって来て、「ルイス・タッパン氏が来た」と告げた。だが、クインシーには誰のことかわからなかった。だが、議事堂の階段でタッパンと会うときには、老獪な政治家に戻っていた。
「やあ、ルイス、元気かね」 票田を開拓する力は健在のようだ。
タッパンが面会の要件を切り出そうとすると、クインシーは中庭に行こうと促した。クインシーはバラなどの植物の栽培と研究が趣味だったのだ。中庭には、冬の寒空のもとでもバラの花が1輪咲いていた。クインシーは、愛おしそうにバラの枝をちぎり取った。
タッパンは、「アミスタード事件」を持ち出して、クインシーに協力支援を求めた。だが、クインシーは、「奴隷制については、わたしは賛成でも反対でもない。だから、君らの要求には応えられない」と素っ気なく返答した。
そこにジョウドスンが食い下がった。 「あなたと(「建国の父」である)父上は、合衆国の卓越した大統領だった。そして、あなたが現職時代から張っていた論陣を考えれば、あなたは奴隷制の廃止を提唱しているはず。
独立と建国の精神・目的からすれば、このアメリカにとっていまだやり残した政治課題があるのではないですか。奴隷制という恥ずべき制度が・・・」
ジョウドスンの論点は痛いところを突いていた。そのせいか、クインシーはにべもない答えを返した。 「ジョウドスン君、君は優れた歴史家で雄弁家だね。だが、足りないものがあるとすれば、それは謙虚さだよ(言いすぎだ)」と。