今から40年前、ロンドン中心街のある銀行に地下トンネルを掘って侵入した強盗団があった。強盗団は貸金庫に眠る金銀財宝を強奪した。一味とリーダーはテリ―で、過去に強盗の罪で服役したことがあった。
ところが、彼らにヤマを持ちかけた影の首謀者は軍情報部( MI :Military Intelligence )だった。その目的は王室のスキャンダルをもみ消すことだった。しかもMI5――軍情報部第5課:国内での諜報活動を担当――は、強盗団を巧妙な罠に陥れる罠を仕かけていた。というのも、彼らが盗み出した貸金庫の中身には、闇のファミリーの裏帳簿や写真――警察組織の腐敗や政府高官スキャンダルに絡むもの――が混じっていた。
強盗団は警察や犯罪組織によって執拗に追いつめられ、逃げ場がなくなることになるはずだった。
捜査当局の気配や罠に臭いを嗅ぎつけたテリーたちは巨額の財貨を手にして引き揚げ、テリーの機転でMI5のトラップをどうにか逃れることができた。だが、獰猛な犯罪組織ヴォーゲル・ファミリーがテリーたちを追跡・包囲し始めた。彼らは強盗団一味のガンバスやガイを暗殺し、さらに人質を取って誘い出したデイヴを虐殺し、テリーに盗んだ「裏帳簿」を返せと迫った。
ところが、襲撃時にテリ―は罠から逃れるための切り札を貸金庫に隠しておいた。切羽詰まったテリーは、MI5と警察、ファミリーを三つ巴に巻き込む起死回生の作戦に打って出た。
ことの発端は、悪辣な黒人ギャング団のボスが当局に対して裁判での裏取引きを強要するための材料として、王女マーガレットのスキャンダルをチラつかせたことだった。
映画の冒頭――タイトル表示の前のクレディット画面――で、カリブ海で奔放に楽しむ黒髪の女性の姿が描かれる。ラティーノ(ラテンアメリカ系)の若い男女2人と海で戯れている。トップレスの水着姿だが、まもなく全裸になりそうな気配だ。
そして室内で3人が絡み合うベッドシーン、痴態が演じられる。
場所はジャマイカかもしれない――実在の黒人ギャングの首領マイケルXの出身地はトゥリニダードだ。
開放的なカリブ海のリゾートでの出来事。だが、この3人の戯れをひそかに撮影するアフロ系の若者がいた。この男はやがてロンドンに渡って、闇の勢力のリーダーとなる。
自称「マイケルX」。
黒人抵抗運動の指導者面をしながら、麻薬密輸・密売、強盗・殺人、恐喝を稼業とする組織の首謀者になった。
カリブの奔放な戯れ場面を盗撮されたのは、イングランド王室の第二王女マーガレットらしい。女王エリザベスの実妹である。やがてスノウドン伯となる。
マーガレットは、王族のスノウドン伯――アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ・オヴ・スノウドン――の娘として生まれた。イングランド王室のメンバーは、イングランド王位の継承順位にしたがって高位の貴族の称号と所領財産を与えられる。第一順位の王子または王女はウェールズ公、第二位ないし第三位はスノウドン伯などとなる。
エリザベスとマーガレットの姉妹が王位継承順位が飛躍的に上昇したのは、あるハプニングによるものだった。
当時の王、エドワード8世が1636年、離婚経験のあるアメリカ人女性、ウォリス・シンプスンと結婚するために退位した。そのため王位継承順位によって、父親がイングランド王ジョージ6世となった。こうして王の娘となったマーガレットは、やがて姉の王位継承によって、王の妹になってしまった。そして、伯位をも継承した。
あれよあれよと言う間にスーパーセレブリティになってしまった彼女は、自身の意図や好みに関係なく、メディアと民衆の俗っぽい好奇心の的になってしまった。
マーガレットは第2次世界大戦後、空軍大佐タウンンゼンドと親密になったが、王位継承順位第二位にある王女には、政府や軍の高官の地位にあって離婚経験のある男との結婚は認められなかった。
というのも、イングランド王は、国民国家装置としてのイングランド教会の最高首長であるがゆえに、最高位の聖職者としての「品位・品格」や「体面・外面」の保持を強要される。自ら離婚経験をもたないこと、離婚経験のある相手との婚姻ができないことなど、およそ現代社会ではほとんど意味のない制約条件に縛られることになる。
それは16世紀の宗教改革以来の暗黙の掟となっているのだ。
それゆえ、高い王継承順位を持つ彼女は、「恋愛」そのものはともかく、結婚に関していえば、恐ろしいほどの制限を課されていた。もっとも、自らその「特権」や身分を――数百億ポンドの巨大な資産相続権とともに――放棄すれば、ある程度は自由に人生の選択が許される。とはいえ、「諸般の事情から」特権身分の放棄が許されなければ、あるいは貧乏になるのが嫌なら、厳格な規矩に束縛される道にとどまるしかない。
こういう時代錯誤の規律に王室メンバーが束縛されているからこそ、チャールズ王太子の結婚の悲劇――ダイアナ妃とのトラブル――が避けられなかった。
さて、マーガレット王女にとって、有り余る資産と名誉に包まれた、こういう生活が幸福だったか不幸だったか。若い時期の恋愛の自由が壊されたせいか、とにかく、彼女はしょっちゅう「いわくありげな男」たちとの浮名を流していた。
仕方なくしたと言われる「政略がらみ(これは王族である限り避けられない)」の結婚もあまり長続きしなかった。夫がいながら浮名を流し続けたのだから、無理からぬことだった。それは、彼女の不満の吐け口あるいは異議申し立てだったのかもしれない。さもなくば、離婚によって王位継承権を放棄しようとしたのかもしれない。
この物語で、ロンドンの闇のファミリーのボスに弱みを握られたのが、マーガレット(らしい)とされた――かなり真実に近い事情として――のは、こういう事情があったからだろう。
けれども、こういう王室スキャンダルが映画や芸術、娯楽の物語で平然と描かれるあたりに、ブリテン社会の雰囲気とか民主主義の大らかさが現れている。その意味では、日本の社会の何という偏狭さ、陰湿さよ。