強奪後の逃走にさいしてはMI5&6を巧みに出し抜いたテリーだったが、王室のスキャンダル写真という危険な代物をめぐる暗闘に巻き込まれてしまったことに内心怯えていた。
相手はスコットランドヤード(刑事警察)ではなく、秘密情報機関である。彼らの目的は王国の秩序=国家の威信の保持にあるがゆえに、場合によっては証拠や関係者を闇に葬ることもある。
したがって、テリーはこのあと、国家の諜報機関を相手に回してどうやって生き延びるかという方策を案出しなければならなくなった。
そのためには、まずMIと交渉して、自分たちの銀行襲撃の目的は金品であって、王室の秘密ではないことを伝えたうえで、証拠写真を渡すのと引き換えに、この秘密を秘匿し続けることを確約しなければならない。そうやって、今後の身の安全を保証させるのだ。
だが問題は、どうやって軍情報部に、この確約を受け入れさせるかだ。
まずテリーはマルティーヌからティム・エヴァレットの連絡先を聞き出して、電話を入れた。エヴァレットは、まず写真を渡せ、それが交渉への第一歩だ、と強引に申し入れてきた。テリーは、翌日の指定する時刻に地下鉄パディントン駅のプラットフォームにティム1人でやって来たら、「写真を渡す」と返答した。
もちろん、テリーはそこでマーガレット王女の写真を渡すつもりはなかった。
翌日、テリーは電車に乗ってパディントン駅にやって来て、電話で指定したプラットフォームで待つエディの目の前で降り、写真を入れた封筒を渡した。そして、「きょうは、これを渡しておく。例の写真を手に入れたければ、今後の交渉の結果しだいだ」と言い捨てて、テリーは電車に飛び乗った。
エディをプラットフォームに残して電車は走り去った。パディントン駅でテリーがティムに渡したのは、王女の写真ではなく、あのS&M売春館で痴態を見せるクイン議員ともう1人、醜く腹の出た男の写真だった。
取り残されたエディは封筒の中身を見た。「おやおや」と軽い驚き。
テリー一味を逃走経路で捕縛するというMI5のトラップ作戦が失敗したことで、事件の日以来、エディは部長から責められていた。そして、王女マーガレットの淫行写真を確保できない場合には、エリートコースからエディを放擲してやると脅されていた。
ところが、受け取った写真の画面でS&Mの舘で革ひもで縛られて喜悦の表情を見せている肥満男は、何と部長ではないか。これで、部長の弱みを握ることができた。今後、部長は自分の地位を守るために、エディを優遇し続けなければならなくなるだろう。
情報部のオフィスに戻ったエディは、高圧的で傲慢な態度で「写真を手に入れたのか」と問い詰める部長に封筒を渡した。そして、「王女の写真はまだです。ですが、やつらはほかにも爆弾を抱えている」と意味ありげな微笑を見せた。
封筒から自分らの痴態の写真を取り出して見た部長は、顔面蒼白になった。そして、すぐさまもう1人の男、すなわちクインに電話して、今後の対策を打ち合わせた。
こうなると、もはや王室の名誉どころではなく、自分たちの立場を守るために権力をどう使うかという、すこぶる利己(自己保身)的な本性が剥き出しになる。
ふだん「愛国心」とか「王室の名誉」とかきれいごとを並べているが、結局は、部下たちに難題を押しつけてエリートとしての自己の地位と権限、報酬や特権を守るための方便にすぎないということだ。
で、マスメディアに対しては、この事件は「Dノウティス」に当たるとして報道規制を加えることにした。部長はMIの筋からメディアに圧力をかけ、さらに――何らかの閣僚ポストにいるらしい――クインは内閣からの圧力を加えるという方法でマスメディアを黙らせることにした。
物語は「正義と悪」との対決というような浅薄で単純な構図ではなく、ギャング組織や売春業者、腐敗警官を等しく巻き込んで、私欲我欲どうしのぶつかり合いの様相を呈してきた。この痛烈な悪漢物語の登場人物は、だれしもが醜悪な欲望の塊として動き回るのだ。