MI5とMI6(軍情報部第6課は国際・海外の諜報活動を担当)は、マーガレット王女の淫行の証拠写真をネタにしてブリテン政府を脅しているマイケルXの近辺にスパイを送り込んでいたようだ。秘密情報部としては、ごく当たり前の手立てをとったということだ。
悪辣なギャング団のボスにすぎないマイケルだが、他方でロンドンにおける黒人抵抗運動の指導者という仮面のかぶっている。彼は自分の犯罪を、恥知らずにも、アングロサクスンのエスタブリッシュの権力への挑戦・破壊活動と性格づけているのだ。
虚飾の仮面にすぎないが、そこに惹かれて、アメリカ国籍のアフロ系黒人ハキーム・ジャマールが黒人運動の分野でのマイケルの活動の側近、ブレインとなっていた。
ハキームは犯罪には無関係で、ジャーナリストである。そのとき、ハキームはマイケルの伝記を書いていた。彼には、アングロサクスンの若い女性ゲイル・ベンスンという愛人がいた。ハキームもまた黒人抵抗運動に入れ込みながら、他方で白人の愛人を囲うという欺瞞的な行動スタイルをともなっていた。政治思想と個人的な欲望とは別物と割り切っているのだろう。
このゲイルがMI5のスパイの一人なのだ。ティム・エヴァレットがパースナルなコンタクトをつうじて送りこんだのだ。もちろん、彼女の目的は、王女の写真のありかを探り出すことだった。彼女以外のスパイについては描かれることはない。
ところで、ゲイルという美女――性的嗜好が黒人男性なので、趣味と実益を兼ねているらしい――は、ただ単にティムとの私的なコンタクトだけの結びつきでスパイをしているのか、それともMI5との雇用関係があるのか、この点は不明だ。だが、映像では、貴族院議員で王室との関係が深いドゥリスデイル卿の庶子(私生児)であるかのように描かれている。
性的に奔放な彼女を、ドゥリスデイル卿はいつも心配しているようだ。彼は、娘にとってはハキームとの関係も一時的な遊び(火遊び)にすぎないと思っていた。まさか、MI5の作戦指揮を受けて、危険なスパイをしているとは知らない。
そして、ティムは、卿とゲイルとの関係を知ったうえで、彼女にこの――場合によっては捨て駒になることもある――任務を与えているようだ。
この物語ではかなり辛辣で皮肉な眼差しから、主要な登場人物の多くが、表の顔と裏の顔、立場や思想と欲望あるいは行動スタイルとがねじれた関係にあるような複雑なペルソナとして描かれている。
しかもこの物語は、王室や貴族、エリートについて、独特の多面的な人脈で縦横に結びつき、一方では固い結束を保ちながら、他方では自分の権力や影響力の手段=道具として利用し合っているドライな関係を描き出している。王室やエリートの傲慢さと他方での病的な嗜好や変態性欲などを、突き放して描いている。
翌週早々、売春王=ヴォーゲルは新聞報道を見て驚愕した。何と、彼が裏帳簿を保管しているロイズ銀行ベイカー街支店の地下金庫が強盗団に襲撃され、貸金庫の中身が強奪された模様だというのだ。
ルウは、彼が「高額の顧問料」を払っている警察幹部に、この事件を問い合わせた。
強行犯罪課の刑事、ジェラルド・パイク――綴りは少し違うが、何にでも食いつく「カワマス=パイク」を連想させる名前はふるっている――が権限を使って、ロイズのベイカー支店の捜査に介入して事態を調べた。
すでに事件は、買収された腐敗警官には冷淡な目を向けている潔癖なギヴン刑事が指揮する捜査班によって捜査が開始されていることを知った。もし、ギヴンがあの裏帳簿を見つければ、それを証拠として容赦な、警察組織の腐敗を追求すためにる内務監察局に通報し協力するだろう。
とすれば、犯罪組織のボス、ヴォーゲルだけでなく、ジェラルドを含めた腐敗警官たちにとっても由々しき事態である。
というわけで、パイク刑事は、銀行襲撃事件について独自の捜査=介入を企図した。
ところで他方、スコットランドヤードの上層部と内部監察局は、このところ、ロンドンの組織犯罪の捜査や取締情報がとりとめなく犯罪組織に漏洩しているのではないかという疑念を深めていた。捜査・摘発結果が、この疑惑を裏づけていた。そこで、性犯罪および組織犯罪などの部門について、内部調査を開始していた。