ウェールズの山 目次
ベートーヴェンと写譜師
原題について
見どころ
ああ、何という…!
アンナ・ホルツ
奇人ベートーヴェン
できの悪い甥
第9番の初演当日
巨匠の新たな挑戦
大フーガ
近代西洋音楽史
音楽のブルジョワ化
音楽の建築職人として
ドイツ哲学の展開と並行
作曲法と耳疾
第9番の指揮は誰がやったのか
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オーケストラ!
マダム・スザーツカ
のどかな信州の旅だより
信州まちあるき

できの悪い甥

  ベートーヴェンは、妹の息子の「金」の面倒を背負い込んでいる。そうなったのは、ベートーヴェンの自分勝手な思い込みからである。
  カールは、伯父=ベートーヴェンの一方的な思い込みの重圧に負けて、潰れていこうとしていた。
  ベートーヴェンは甥カールには一流ピアニストになる素質があると勝手に信じて、妹から息子を預かりヴィーンの音楽学校に通わせているのだ。だが、甥のピアノ演奏を聴いたことはない。
  ところが、甥自身は学校で自分よりも遥かに優秀な同僚たちを目にして、すぐに自分の才能・素質に見切りをつけた。で、逃げ道を酒やばくち、女に求めることになった。そのために、しょっちゅうベートーヴェンを訪れて何かと理由をつけて金を無心する。伯父はいつも気前よく金を渡す。
  甥がピアノに精進するためなら構わない、と。

  しかし、アンナは初対面でカールには資質がないと知ることになる。何しろ、カール自身が本音を白状したのだ。「ぼくは伯父によって無理やりピアニストへの道を歩まされている。だけど、才能がないことを自分が一番よく知っている。金の無心は、遊びや酒のためさ」と。
  小心者のだが人一倍ずるさを身につけているカールは、伯父に面と向かって金をせびれないときや、伯父が留守のときは、伯父の引き出しから金を盗み出していた。アンナは偶然、その場面を目撃してしまう。
  その直後にベートーヴェンが帰宅して、甥の盗みの証拠を見ることになった。
  結局、ルートヴィヒは、カールが音楽家に向かないことを覚ったのだが、諦めがつかない。で、アンナに質問する。
  「カールは音楽学校を辞めて軍隊に入りたいという。その方がいいだろうか」と。

第9番の初演当日

  ヴィーンでのベートーヴェンの演奏会は広く評判を呼んで、多数の聴衆が押しかけることになった。アンナ・ホルツは、恋人の建築設計士と劇場に出かけた。
  ところが、開演を待っているアンナを探して、ロビーにマルティン・バウアーが飛び込んできた。
  「頼む、私の代わりに黒子のペイスメイカー――楽団の影に隠れて、耳の悪いベートーヴェンに見えるようにコンダクトする――をやってくれ!。
  私は見てのとおり身体を壊していて、ものの数分とたち続けていられないのだよ。
  甥のカールがやるはずだったが、彼は姿を見せないんだ」 とアンナに泣きついた。
  尊敬するベートーヴェンの大事な交響曲第9番の初演(?)である。アンナはすぐに引き受けた。
  「大丈夫、私が指揮棒を振りますから、よく見ていてくださいね」とマエストロに告げると、彼女はステイジに上り一段低い場所に身を置いた。聴衆からは、楽団に完全に隠れて見えない位置だった。

  誰よりも信頼するアンナがタクトを振ってくれるということで、聴力を失ったベートーヴェンは、どうにか落ち着いて指揮を始めることができた。何しろ、アンナは交響曲第9番の楽譜の隅々まで理解し、ベートーヴェンと対話しながら正確この上ないスコアを仕上げたのだから。
  起承転結が明白なこの交響曲は大観衆に凄まじい感動を与えながら第3楽章まで終わった。ついに第4楽章と付属のコラールが始まった。交響曲に大規模コラール――大がかりな合唱――を組み込んだ「音楽の革命」の総仕上げとなるはずのものだった。
  演奏は聴衆と楽団双方の陶酔にも似た高揚感のうちに終了した。

  だが、耳が聞こえないベートーヴェンは、自分がどんな演奏指揮をしたのか、聴衆がどのような反応を示しているか、わからなかった。とにかく、ひどい破綻なしに演奏を完了させたという安堵感でいっぱいだった。
  すると、アンナ・ホルツが「さあ、聴衆席の方を向いて挨拶を。演奏は大成功ですよ!」という意味の身ぶりをした。ベートーヴェンは、アンナの身ぶりを見てようやく振り返って挨拶する勇気を得た。
  観衆は熱狂的な拍手を送っていた。皇帝フランツ2世もまた「君の音楽革命は成功した」と言い放った。多数の聴衆がステイジに駆け寄って握手を求め祝福を送ろうとしていた。
  あの噂に聞く、ベートーヴェンの第9番のヴィーンでの初演とはおういうものだったのだろうか?

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