小説家を見つけたら 目次
原題と原作について
見どころ
あらすじ
ジャマールの日常
ヘッドハンティング
隠棲する偏屈老人
侵   入
謝 罪 文
スカウトの申し出
超名門校、メイラー・キャロウ
ジャマールとフォレスター
名門高校での生活
フォレスターとクローフォード
文章技術の訓練
ふたたびの情熱
ティームのライヴァル
クレアの接近
偏見と嫉視
窮   地
孤独な戦いと友情
外したフリースロー
「信義を全うする時季」
最後の旅立ち

フォレスターとクローフォード

  ある日の授業でクローフォードは、フォレスターについての作家としての心理分析を得意げに生徒に披瀝した。
  クロフォードが課題として取り上げた小説の主人公は、徴募兵として戦争に赴き、心身ともに深く傷ついて帰郷した。その後、漂泊の人生を送ることになった。クローフォードによれば、それはフォレスター自身の姿そのものだという。
  ところがジャマールは、この人物は作者自身がモデルではなく、作者の身近にいた親しい人物を観察して造形したものだと考えた。そして、とにかく物事を一方的な視点から断定してしまうクローフォードの方法、思考方法には大きな欠陥があると見た。しかも、その狭隘な視点を生徒に押し付けて、自己の威信を示すかのように嬉々としているのだ、と。

 その放課後、ジャマールは文章訓練のためにフォレスターを訪ねた。そのとき、ジャマールはフォレスターの小説に関するクローフォードの見方とそれについての自分の考えを語った。フォレスターは、自分の作品に対するジャマールの洞察の鋭さに内心舌を巻いた。そして、文学作品に対するクローフォードの偏狭な了見については、フォレスターも知っていた。
 クローフォードは若い頃、作家を志望し、一度だけ小説を書いて出版社にもち込んだが、出版を断られたことがあった。そこそこ才能はあったのだが、処女作でもあり、優れた編集者の厳しい審査をクリアできなかったのだ。1回の挑戦で出版の機会を与えられることは稀だ。
 だが、プライドの高いクローフォードは、それをひどい屈辱と考えて、2度と小説を書くことはなかった。障壁を努力して乗り越える挑戦をしなかった。安易に自尊心を満足させる道を選んだ。つまり、その代わりに教壇に立って文章の作り方を指導する立場に就いたのだ。


 挫折を自己の修練・挑戦の機会としないで、自尊心や優越感の満足という方向に逃げたわけだ。
 そして、作家や作品を評論する立場に立とうとした。後年、ある出版社に評論集の原稿をもち込んで、これまた刊行を企図した。編集者の高い評価を得たようだ。
だが、たまたまその原稿を読んだフォレスターは、クローフォードのあまりに一方的な断定や、一段高みに立って作家を見下ろそうとする姿勢に胡散臭い権威主義を嗅ぎ取った。それで、フォレスターは、新たな作品をその出版社から出すような振りをして、クローフォードの評論の出版を阻止したことがあった。

 フォレスターは、人生で挫折を味わうことは大切な経験だと信じていた。そこで、ジャマールに言った。
「挫折を味わった人間は、恐るべき才能を発揮するようになる。さもなければ、人びとにとって危険な人物になるか、だ」
 挫折によって自己の弱さや限界を知り、その事実を謙虚に受け入れ、立ち向かう人物は資質や才能を研ぎ澄ます。だが、単なる屈辱として逃げ、そこに自己弁護とか自己の虚像や虚栄の幕を張ろうとする者は、成長しない。しかも、そればかりか、その虚栄と自尊心を満足させるために、他人の足を引っ張ることに陰湿な快楽を感じる危険な人物になる。つまり、自分の弱点や限界が露呈するのを恐れ、中身の研磨をしないで、自分の権威や威信を顕示しようとするから・・・
ということだろう。

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