小説家を見つけたら 目次
原題と原作について
見どころ
あらすじ
ジャマールの日常
ヘッドハンティング
隠棲する偏屈老人
侵   入
謝 罪 文
スカウトの申し出
超名門校、メイラー・キャロウ
ジャマールとフォレスター
名門高校での生活
フォレスターとクローフォード
文章技術の訓練
ふたたびの情熱
ティームのライヴァル
クレアの接近
偏見と嫉視
窮   地
孤独な戦いと友情
外したフリースロー
「信義を全うする時季」
最後の旅立ち

原題と原作について

  原題は Finding Forrester 。フォレスターとは、主人公のひとりである作家の名前で、つまりは小説家。もうひとりの主人公ジャマール少年があるきっかけで出会い、友情を深めることになる文学者。
  邦題をつけるさいに、フォレスターは架空の人物なので、固有名詞を使わないで一般名詞として「小説家」というふうにしたのだろう。
  そして、ファインディングはここでは分詞構文で「 if … :もし~したら」「 when … ~した場合には」という意味用法となっているようだ。

見どころ

  老境に入った天才作家と才能にあふれた少年―ともに世の中に鋭い批判の目を向けている―との友情の物語。約束と信頼のためには、自己犠牲をいとわない、少し突っ張った、孤高の姿勢がいい。
  ところで、文芸の世界には、作品を想像する立場の人間と、それを解釈したり批評・評価したりする立場の人間がいる。文芸作品は発表された瞬間から、独り歩きしていく。その読み方や鑑賞の仕方は読み手しだいだから、読み手の数だけ読み方があっていい。

  だが、批評家のなかには、一般の読み手よりも上に立ったつもりになって批評解説したがる者も多いようだ。批評家というものは、読み手に案内情報を提供する便利屋――余計な世話焼き屋――にすぎないのに、一段上から読者に自分の評価基準や尺度を押しつけたがる、迷惑千万な輩がいるのだ。
  批評家の言い分なんていうものは、独創的な文芸世界を自らは創作できない想像力に欠けた人間の繰り言でしかなく、他人の作品に外からあれこれ意見を述べるだけ。つまり、本来しょせん「いらざるお節介」にすぎないのだから、読み手や受け手に押し付けるものであってはいけない。

  文芸批評家は、作品を理解することはできても、作家自身の心理や考え方を理解することはなかなかに困難なのだ。安易に理解したつもりになってはいけない。
  そういう教訓をしみじみ学びながら、年老いた天才的文学者と才能豊かな少年との信義と友情に感動できる作品。そして、自己犠牲をいとわず、傲慢な批評家の理不尽な見せかけの「権威」に立ち向かう姿がカッコいい。

あらすじ

  ニュウヨーク市ブロンクスに住むジャマール・ウォリス少年は、高校の授業には面白みを感じることができず、図書館で多数の書籍を借りて読みまくっている。だから、思考力は高く知識は広く深いが、学校の成績は中程度にとどまっている。
  ところが、全国規模での総合学力試験できわめて優秀な成績をとったため、名門高校からスカウトされた。ジャマールが優秀なバスケット選手であることも、スカウトの理由だった。彼は転校するかどうか悩んだ末に、転校した。
  一方、ジャマールは遊び場の近くの古いアパートメントに住む偏屈な老人と出会った。その老人はジャマールが尊敬を抱くほどに聡明で秀でた文章技術をもっていた。彼は、飛び抜けた才能をもつ文学者フォレスターだった。
  ジャマールは、その老文学者と親しくなり、彼の部屋に通って文章技術の訓練を受けることになった。

  転校した名門高校には、生徒を上から見下ろすような権威ぶった文学コースの授業をする教師クローフォードがいて、ジャマールを圧迫しがちだった。文学評論や文章作成について、自分よりもすぐれた生徒の
  クロフォードの陰湿な攻撃にジャマールは反発し、フォレスターの部屋で作成した文章を作文コンテストに提出した。だが、あまりにみごとな出来栄えに、クローフォードは徹底的にあら捜しをした。
  すると、同じ題名のフォレスターのエッセイが「ニューヨーカー」に掲載されていたことが判明し、教授はジャマールの作文を「剽窃」と決め付け、学校理事会の審議会での問責を求めた。ジャマールは追い詰められた。窮地に立った友=ジャマールを助けるために、フォレスターは立ち上がった。

次のページへ |

総合サイトマップ

ジャンル
映像表現の方法
異端の挑戦
現代アメリカ社会
現代ヨーロッパ社会
ヨーロッパの歴史
アメリカの歴史
戦争史・軍事史
アジア/アフリカ
現代日本社会
日本の歴史と社会
ラテンアメリカ
地球環境と人類文明
芸術と社会
生物史・生命
人生についての省察
世界経済