そのバスケットボール大会の決勝は、大接戦だった。ゲイム終了まであと数十秒を残して、メイラーは相手校に逆転を許してしまった。わずか1点のビハインド。その直後、相手ティームはゴール下で反則を犯し、ジャマールのフリースローになった。ゲイムオーヴァーまであと数秒。
会場全体が静まり返るなかで、ジャマールはフリースローに臨んだ。
いつもなら簡単にゴールを決めるジャマールだったが、このときは2本とも外した。こうして、メイラーは優勝を逃した。 高校でのジャマールの立場はいよいよ悪化した。
このシーンを、フォレスターは自室のテレヴィで観戦ししていた。そのときのジャマールの表情と視線に何かを感じたフォレスターは、決心した。
彼は、もう何年も使用していない自転車の整備を始め、夜の街で運転練習を始めた。
やがて、作文コンテストの結果発表会の日がやって来た。
ジャマールは、悪びれることなく会場に足を運んだ。隣の席にはクレアが心配そうに寄り添った。ジャマールは彼女に告げた。
「自分から退学することはしない。闘い続ける」と。
その日の朝、フォレスターは自転車に乗ってニューヨークの市街を走った。
メイラー高校では、コンテストの発表会が始まった。優秀作候補の数人が、演壇に立って自作の朗読をおこなった。最後の生徒の朗読が終わった。
そして、評議会の審査の最終決定がおこなわれようとする、そのとき、会場にフォレスターがやって来た。フォレスターは自己紹介をしてから、手持ちの文章の朗読の場をここで与えてほしいと評議会に願った。
これほどの作家を作文コンテスト会場に迎えて朗読してもらうのは、一流高校といえども大変な名誉だ。会場一致の快諾を得て、フォレスターは、家族に関するエッセイの朗読を始めた。
朗読が進むにつれて、ジャマールの表情は硬くなった。
やがて、朗読は終了した。すばらしい文章表現に、満場の拍手。
エッセイのすばらしさが認められたことを確認したフォレスターは、この作品がじつは「わが親愛なる友」ジャマールのオリジナルだと発表した。そして、「信義を全うする時季」は、自分の了解のもとでジャマールが独創した文章で、非難されるいわれはまったくないと説明した。
ジャマールは自分の存在を他人に話さないという約束を守り、弁解しなかったために、窮地に陥ってしまった。彼が信義を全うした以上、フォレスター自身もまた親友ジャマールのために信義を果たさなければならない。ゆえに、ここに来てジャマールの潔白を証明したのだ、と。
だが、この期におよんでも、クローフォードは悪あがきを続けた。
ジャマールの作品の「失格」が評議会ですでに決定されている以上、その復権はありえない、と言い張った。けれども、理事長はとりなして、ジャマールの作文の最優秀賞が決まった。
その日の帰り道、ジャマールはフォレスターとともに歩いた。
その途次、フォレスターはジャマールに心からの感謝を述べた。「礼を言うのはこちらです」と返答したジャマールに、フォレスターは「最後の旅」に向かう決心を伝えた。
「これまでずっと、世の中との交渉を絶って生活してきた。君のおかげで、友情を取り戻し、諦めていた挑戦に挑む決心がついた。失っていた情熱を取り戻すことができた。これから、生まれ故郷に旅立つ」
「生まれ故郷。アイアランド?」とジャマールは冗談を返した。
「何を言う。スコットランドさ」
「知っていますよ。向こうに着いたら、手紙をくれませんか」
「ああ、いずれな。必ず」
弾むように自転車に乗ると、フォレスターは街の雑踏のなかに消えていった。