イタリア戦争とヨーロッパ 目次
ヨーロッパの地政学的構造の転換
君侯や領主たち
遠距離商業と都市の権力
「南の極」と「北の極」
都市支配型の経済から国家支配型の経済へ
都市を凌駕する王権国家
王室財政と都市=商業資本
イタリアの悲劇
イタリアの地政学
神聖ローマ帝国
都市国家群
教皇派と皇帝派の対立
地中海世界
イタリア社会の臨界点
異端運動と宗派紛争
国家の権力と教会の権威と
知識人専門家の登壇

イタリアの地政学

  では、イタリアの状況をもっと具体的に見ておこう。
  『チェーザレ 破壊の創造者』の物語の背景となっているイタリアの政治的・軍事的状況の歴史的変動について大まかに一瞥することになる。
  ここでは、12世紀から17世紀までのイタリアの地政学的構造――政治的・軍事的に多数の都市国家へと分裂した構造――を「イタリア諸国家体系」と呼ぶことにしよう。

  諸国家体系( Staatensystem )とは、主権を備えた多数の政治体(軍事単位)からなる1つのシステムのこと。 Staat とはドイツ語で国家という意味で、その複数形が Staaten。そしてそれと System システム=体系という語が接合してできた専門用語だ。うまい日本語訳がほかに見つからない。
  シュターテンジステムとは、18世紀頃からドイツで成立した学問分野=国家論(Staatslehre)の専門用語。
  国家論のなかの1部門に国家史( Staatsgeschicht )ないしは統治体制史( Verafassungsgeschicht )というものがあって、そこで生み出された用語だ。
  その意味合いとしては、最初は多数の領邦国家に分裂したドイツ地方の地政学的構造を表していたが、やがて中世晩期以降のヨーロッパの地政学的構造を意味する用語になった。
  要するに、多数の国家からなる1つのシステムであって、言い換えれば、ある1つのシステムが政治的・軍事的には多数の国家に分割されている状態を意味する。
  ウォラーステインは世界システムに関する一連の著作のなかで、この用語を英語で Interstate-system と転訳している。

神聖ローマ帝国

  イタリアでは北部の諸都市――多くは司教座都市として誕生した――は、ローマ帝国の残骸を受け継ぎながら、早くから地中海商業の担い手となっていた。
  10世紀後半に、イタリア半島のうちローマから北は、名目上、「ドイツ民族の」神聖ローマ帝国に組み込まれた。この帝国は、名前ばかりは華々しいが実体のない観念だった。
  それゆえ、ドイツの有力君侯たちの実効的な支配を受けたのは、ごく一部の地方だけだった。
  とはいえ、ドイツとかイタリアという「民族意識」はまだ存在していない。同胞意識とか外来者への差別や排外感情とかが作用するのは、もっとずっと小さな地方的単位だった。農村や都市の集落のような。
  しかし、ローマ帝国時代に各地方や管区を区別するために、ガリア、ヒスパニア、イタリア、ブリタニア、ゲルマニアなどという名称を使っていたので、中世から近代初期の人びとが、漠然とした地方的・地域的まとまりを示すために用いていた。あるいは、外来者を識別(差別)する記号的・慣用的用語として。

  ドイツとはテュートン諸族――ドイッチュとは、テュートンまはたトイティッシュの近代ドイツ語読み――が定住する地域全体を意味していて、スウェーデンやバルト海海沿岸全体とネーデルラント、ベルギー、ブルゴーニュ、スイス、フランス北東部、さらに南東方面ではオーストリア、ボヘミア、ハンガリアなどまでを含んでいた。
  ゲルマン諸族が定住・植民した多様な地方の寄せ集めで、帝国レジームへの帰属と離合集散は、局地的・地方的な利害の連鎖によるものだった。
  ときには、フランス王が神聖ローマ皇帝位を手に入れようとすることもあった。
  実際のところ、ドイツ〜中央ヨーロッパもこれまた300〜400以上にもおよぶ多数の小さな領邦に分裂していた。そのなかで有力となった諸侯が――巧みに多数派同盟工作を繰り広げて――ドイツ王とか神聖ローマ皇帝の地位を手に入れて、この地域での優越を確保しようとしていた。

  ところで、イタリア半島はアドリア海を挟んでビュザンツ帝国と向き合っていて、ヴェネツィアやジェーノヴァはコンスタンティノポリスや帝国各地に商業的・軍事的進出のための足場を築き上げつつあった。その意味では、イタリアは北と東の2つの帝国に挟まれていたことになる。

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