物語は1919年に始まる。
富裕なユダヤ系銀行家の子息ハロルド・エイブラムズはケンブリッジ大学に入学し、陸上短距離走でトップアスリートとなることをめざす。
スコットランド長老派教会の司祭補エリク・リデルもまた、陸上短距離走で頭角を現していく。
家族的背景も宗教も異なる2人は、イングランド社会のマイノリティとしての強い自覚と使命感をもちながら、同じブリテンティーム内のライヴァルとして1924年オリンピック・パリ大会での短距離走での優勝をめざすことになる。
ハロルドとエリクはそれぞれ、競技での勝利に個人的=ユニークな目標を織り込んでいた。
だが、彼らを含めた競技者たちを組織していたのは、ブリテンのスーパーエリート層が支配するオリンピック委員会・陸上競技団体だった。
ひたすらアマテュアリズムを礼賛するブリテン陸上界は、王室を中心とする有力貴族層が支配する権威主義的な組織だった。
アマテュアリズムとは、すこぶる富裕なエリート層が、名誉以外の報酬や金銭のやり取りを求めてはならず、専門職や学業の余技として担うべきものとする思想・行動スタイルで、貴族層・エリート層の優越を維持し誇示するための制度だった。
それゆえまた、陸上界の権威も、王室を頂点とする有力貴族の威信によって担保されるべきものとされていた。
ところが、ハロルドとエリクは、自分がめざす目標のために陸上界の権威に挑戦しようとした。
ハロルドは、陸上界と大学のアマテュアリズムに反発して、金銭的報酬と引き換えに専門的技術や知識を売る「プロのコーチ」を雇ってオリンピックの制覇に挑んだ。ハロルドの選択は正しかった。
というのも、アメリカ合衆国は陸上競技に専門職コーチや科学的練習を持ち込み、国際的舞台での地位の上昇をめざしていて、エリート個人の余技としての努力では太刀打ちできなくなってきていたからだ。
一方、エリクは彼が属する教会の原則を守るため、オリンピックでの予選参加を拒否した。オリンピック委員会は、王の権威や国家への忠誠という言葉で威圧しようとしたが、エリクの説得に失敗する。
ハロルドは100メートル走で優勝し、エリクは100メートル走の代わりに出場した400メートル走で勝利した。
異端者2人の奮闘と勝利は、国際スポーツ競技とブリテン社会のエリート・システムの構造転換を予兆するものだった。